Episode.1-1

【scene.03】

​シーン03:

アルデベルト養成所 - 4年生オフィス

Characters

-登場人物-

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No.1496

Eisen Angsting

1410.jpg

No.1410

Hinweg Schreiber

1466.jpg

No.1466

Terror Sektion

1483_edited.jpg

No.1483

Griglia Adagio

1460.jpg

No.1460

​Simon Francoeur

1437.jpg

No.1437

​Besch Cruger

 そういえば、結局ここは”何処”、なんでしょうか。

 
 はじめに、警察署だ、と表記した。
 その後、養成所だ、と表記した。


 兵長、という人物が出てきた。
 それなら”軍隊”ではないんですか?



 いいえ。



 ここを簡単に定義するのであれば、【警察学校】が一番馴染みやすいかもしれない。


 年齢も比較的若い層が集まっている。
 平均年齢は10代半ば。


 彼らはまだまだ勉強中の、
 ただの、「学生」のようなものか?



 いいえ。



 彼らは、”既に現場へ出て仕事をしている”。
 それなりの給与も、ちゃんと発生しているらしい。
 

 優しいですね、感謝感謝。


「オフィス」というのは彼らにとっての「教室」ではなく、その名の通り
「事務作業に取り組む場所」「仕事を行う場所」のことを指していた。



 学校へ通っているのに、仕事もしているんですか?


 大変だなあ。



「実際に起きた”本物”の事件」
「必要に迫られた重要な任務」


 これらを使って”訓練”をすることで、ただ座って勉強をするだけでは得られないものが沢山あるんだよ。
 

 何処かの国の言葉を借りると、

「百聞は一見にしかず」

 で、合っていますか?
 

 実際に見て感じて経験することこそが、とても大事。


 

「……事件そのものを軽んじてる気がするよね」
 


 会話のスタートは、いつも脈絡なしだ。


「何の話だ?」


 そのせいで、アイゼンはグリリアの最初の発言に対しては、必ず首を傾げていた。


「実際の事件をボクらの【訓練】として扱うこと自体が、どうなんだって話」
「……相変わらず答えの出ないテーマが好きなんだな、お前は」
 

 というより、


「『さっきも似たような会話をした』って?」
「ああ、そうだ」


 二人は同じテーマについて
 繰り返し意見を戦わせているようであった。


 何度も、無駄にね。


「小さな事件ならいくらでも、なんて、さっきは言ってみたけど、」
「……」
「ボクはそもそも、事件が起きた”想定”でやる方が良いと思ってるよ」
 

【訓練】というなら、尚更。


「何か意見を下さいよ、アイゼンさん?」
「……実際の事件の方が、真剣になれるから」
「マジになれるか、なれないかの差?」
「”想定”だと、手を抜く奴が必ずいる、から……」
「そうかもね」
「あとは、」

 

 失敗しても「訓練だったから」と言い訳ができる。



「じゃあ、アイゼン、」
「はい」
「今回のあの犯人の取り調べさぁ、」
「?」
「うまく供述が引き出せなかったのは、訓練だったから、ですか?」
「……いいえ」
 

 犯人を取り逃がしました。
 任務に失敗しました。
 与えられた業務を上手く遂行できませんでした。
 

 だって、ただの訓練で取り組んでいましたので?
 

「もし実際にそうやって謝罪してたら、どうする?」
「無責任だ……」
「関係者が黙ってないね、人が死んじゃってたら尚更」
「……俺は訓練だろうが何だろうが、真剣だが」
「それはボクだって、そうだ?」
 

 こういう会話にはなかなか終わりが見えてこない。
 分からないことをあぁでもないこうでもないと勝手に予想して話を進めるほど、無意味なことはない。


 わざわざ意見を闘わせるくらいなら、
 何か変えて見せろよ。


 このように結論が曖昧なとき、大体グリリアは次にこういう台詞を投げかける。



「やっぱり、変なんだよ。この組織は」



 どうしても、その方向へ持って行きたいんだな。



「なぁ、お前もそう思わないか?」



 相手が向けてくるまっすぐな視線を、アイゼンは直視することができない。


 答えは単純。
 用意しているどの答えにも、自信がないからだ。



「……ま、お前に言っても無駄か」
 

 元々それが分かっているグリリアは、
 ふいっと、すぐに視線を逸らす。



 いつになったらボクの意見に賛同してくれるのかな、キミは。



 何となく、首を縦に振ることに抵抗がある。
 組織を否定するのは、あまり好ましいとは思わない。



 今は、まだ。



 ******


 

「1496番、戻りました」


 アイゼンは小さく、独り言を呟く様に。


「1483番、戻りましたーー!」

 グリリアはわざわざ皆に聞こえる声量で。




 帰還した旨を、オフィスに入る際
 いちいち報告する”義務”がある。

 誰に向かって、という訳でもなく。


 彼ら”警察科4年生”たちは、訓練とは名ばかりの「実働」を強いられながら、
 頻繁に現場へ駆り出されているようであった。


 どんな事件や任務が回ってくるのか、
 分かったものではない。
 

 報告、挨拶、とは、つまり「生存報告」に該当する。
 


 中にいた人間は、声のした方へ一斉に目を向けた。

 

 で、それから?



 自席に座ったまま「お疲れさまです」、と発する者。
 ちらりと見て「無事に帰ってきたな」と確認して終わる者。

 もちろん、見向きもしない無関心な者もいた。


 こんな時にわざわざ席を立ってまで挨拶を交わしに行く必要は……



「おーーつかれさまぁ!!」



 いや、中にはそんな人間も一応存在するようだ。


 突然、一人の少年が元気良く
 グリリアへ向かって飛び込んできた。


 まるで、飼い主が帰ってきて喜ぶ【犬】だな。


「ほい」
「あ!」


 あっさりと躱され、少年は勢い余って、
 意図せずアイゼンに向かって飛び込んでしまった。


 どんっと、二人の体がぶつかる。


「うわっ! す、すみません!!」


 少年は、即座に距離をとった。


「……」


 アイゼンはそちらへ一切目を向ける素振りも見せず、無反応。

 表情一つ変わらない相手の様子に、
 少年は更に慌てた。


「あ、え……お怪我は……?」
「……」
「あの、えっと……ホントすみません!!」
「……」
 

 何も反応が返って来ないとなると、次にどう声を掛けるべきなのか、
 どう振る舞えば良いのか、全く分からなくなる。

 認識されている中で敢えて「無視」されるのは、
 受け手からすると非常に混乱を招くものだ。
 

「ううう……」
「気にすんなって、ヒンヴェック」


 グリリアは被っている帽子を外しながら、
 自分の席へ足を向けた。
 

 心配しなくても、アイゼンは
 ”驚きもせず、怒ってもいない”。


「え、で、でも……」
「こいつ、本当に”何とも”思ってねぇから」
「そうなの!?!」
 

 ヒンヴェックと呼ばれた少年は、目をキョロキョロとさせながら
 アイゼンとグリリアの顔を交互に何度も見た。



 キンキンとうるさく音符が跳ね回る。
 これは、「明るく前向きな人間」特有のメロディ。
 


 うるさい。



 アイゼンは、ちらりとその「明るく前向きな人間」の方を見た。
 その顔を見て、はっとしたヒンヴェックが一言。 



「絶対怒ってるって!」



 ヒンヴェックはアイゼンから逃げるように更に距離をとりながら、
 いそいそとグリリアの後ろについて行った。
 

「ああ、怖い怖い……」
「お前さあ、なんでいつもそんなにアイツにビビってんだよ」
「だって……」
「『嫌われてるから?』」
 

 相変わらず得意げな顔で、相手の「次に予定されている台詞」をあっさりとグリリアは口にする。
 

「なんで分かるんだよ!」
「そう顔に書いてあるから」
「顔に!?」
「顔にびっしり文字が見えるんだよ、お前は」
 

 グリリアはヒンヴェックの顔を指差しながら
 けたけたと笑ってみせる。



 また、すぐそうやって嘘をつく。



「………僕ってそんなに分かりやすい?」
「まあね」
「んん、気を付けないと……」
「ちなみに、」
「?」
「アイツ、お前のこと嫌ってないよ」
「ホントに!?」
 

 いちいちリアクションが大きいですね。


「ホントホント」
「嘘だーー!」
「嘘じゃねぇよ」
 


 だって、好き嫌いで計るほどの興味もないから。



 アイゼンは少し遅れて、自分の席へ足を向けた。
 ふうっと、勝手に小さな溜息が漏れる。



 楽しそうで良かったですね、グリリアさん?


 本当は羨ましいんだろ、アイゼンさん?



「ああ、それより、ヒンヴェック?」
「あい!」
「お前、なんでまだ帰ってないんだよ」
「ん?」
「定時回ってんだろうが」
 

 グリリアは壁に掛かった時計を指差す。
 相変わらず、定時に厳しい奴だ。
 

「戻ってくるのを待ってたからに決まってんじゃん!」
 

 妙にきらきらと目を輝かせて、その「無邪気な少年」は餌を待ちながら、しきりにしっぽを振っている。
 

「は? 誰を?」
「……えっ?」
 

 目の前にいる人間に向かって言っているのだから、対象は明確。
 しかし、グリリアはこういう時に限って、”わざと”意地の悪い指摘をしてみせた。


「主語は?」
「ぼ、僕が!」
「誰を?」
「グリリアを!」
「は? ボクだけ?」
「え?」
「ボクは一人で仕事してないんですけど」
「あ、はい、えっと……」
「”ボクら”を、待ってたんだよな?」
「そ……、そうです!」
 

「ボクら」という言葉のせいで、
 ヒンヴェックは一瞬言葉を詰まらせた。


 ”アイゼンのことは待ってないよ”


 こう言ってしまうと流石に失礼か……


「失礼だね」
「え!?」
「ふふふ、本当にお前って分かりやすいな」
「………もう!」
 

 ぽこぽこと、ヒンヴェックはグリリアの頭を叩いた。
 
「いてぇよ、ははは」

 仲がよろしいようで。

「もーー! 良いから! 早くそこ座って!」
 

 自分の席へ帰ろうとするグリリアを引き止め、
 ヒンヴェックは彼を近くに置いてある共用のソファへ無理矢理座らせた。


 どかっと彼の「左隣」に座り、
 引き続きしっぽをふりふり。


「何だよ気持ち悪いな」
「えへへ」
「で?」
 
 

「ねえ、本部、どうだったの?」



 なるほど。


「ああ……」
「早く! 話聞かせてよ!」



 実は、「養成所のこどもが本部に呼ばれる」というのは、滅多にない【特例中の特例】であった。


 普段は決まった時間に決まったカリキュラムをこなし、時には座学で講義を受け、
 事件や任務が舞い込めば「ツイン」が順番に現場へ派遣される。


 そして、定時になれば勝手に解散。
 


「本部に呼ばれる」など、
 カリキュラムのどこにも明記されていない。
 


 養成所での訓練を経てから、晴れて本部に所属することができる。
 それまでには十年を要する、という。


 本部はこどもたちの【目標地点】、と言える場所。



 こんな中途半端な段階で本部に呼ばれちゃうなんて、
 きっと【重要な仕事を任せられたに違いない】よね?



 ヒンヴェックは、自ら志願して
「好きで」この組織に入ったこどもである。

 故に、もっと活躍したいだとか、組織に貢献したいだとか、裏の感情が一切なく、
 本気でそう考えている人間であった。
 
 目指せ本部!
 目指せ上層部!!

 アルデベルトばんざーーい!!



「ああ、じゃあ、」
「はい!」



「”犯人と闘った話”でも、しようか?」


「……っえ!? 犯人と闘ったぁ!?」



 オフィスの空気が一瞬凍りついた。



 ”犯人と、直接会ってきたのか?”
 ”わざわざ本部へ行って?”
 ”ええ、なんで?”
 ”そんなことあんのかよ?”
 ”どうして?”
 ”犯罪者と一体何をしたんだ?”
 ”何故? 理由は???”



 ああ、もう、うるせぇよ!



「……な〜んちゃってねぇ」
「え!」
「冗談だよ、冗談」
「……え?」
 

 グリリアは左手で、ヒンヴェックの肩を一発パンっと軽く殴った。


「いてっ」
「そんな訳ないだろ、
 ただ本部に行ってきただけだぞ?」
「え、あ、うん」
「っははは!」
 

 既に自席に着いているアイゼンは、「犯人」という単語が出たときだけ、グリリアの方を見た。



 余計なことは話すなよ?


 はいはい、分かってるよ。



「………だよね!! びっくりしたあ!」
 

 ヒンヴェックは分かりやすく、
 ほっと息を吐き出した。


「ただの本部見学で呼ばれただけだよ」


 そうなんだ?


「見学!? いいなーー!」
「まぁボクはさ、わりと真面目に仕事してますから?」
「え!」
「ご褒美にちょっとだけ
 本部を見せてもらったって感じ?」


 嘘つき。


「それ、もしかして、」
「ん?」
「グリリアじゃなくて、
 アイゼンが真面目だからじゃないの?」
「……言ってくれるなこの野郎」
「わぁ! 怒んないでよ!」



 苦しい理由だな。


 そうか?



「じゃあちょっとだけ、
 本部の中がどうなってるか話してやるよ」
「うん、聞かせて聞かせて!!」


 忙しなく鳴っていた金管楽器の音が、ようやくフェードアウトして落ち着きそうな気配。


 アイゼンは正面に向き直り、ぱたぱたと始末書に手をつけ始めた。
 


 ******


 

「あ、あの………」


 程なくして、アイゼンの前に、見るからに気の弱そうな男の子が、姿を現わす。
 肩より下まで伸びた栗色の髪の毛を両手で触りながら、何かを言いたそうにもじもじとしている。


「何でしょうか?」


 モニター画面に向かったまま、
 アイゼンは返事をした。


「お、お疲れさまです……」


 聞こえてくる音楽も弱々しく、ピアニッシモ。


「お疲れ様です」
「あの……」
「はい」
「グリリアは……?」
「……」
「大丈夫、だった?」
「は?」
 

 何が? という意味の返しのつもりが、
 相手にはどうやら違った意味で捉えられた様子だ。


「あ! えっと、その、ごめんなさい!」
「……」
「ええっと、あの、……」


 全く会話にならない。

 アイゼンは黙ったまま、
 かたかたと文字を打っている。


「あ、あの、」
「……」
「アイゼン、さん?」
「はい」
「何か、怒ってますか……?」


 と聞かれ、アイゼンは手を止めた。
 


「いいえ」
 


 ようやく顔を相手の方へ向け、
 じっと、その目を見つめる。

 どうして今にも泣き出しそうな顔をしているのか、
 アイゼンには全く理解ができない。


 何も無い状態というのは、相手にはどうやら高い確率で「怒っている」と捉えられるようだ。

 全くそんなことは無いんだが?


 先ほどのヒンヴェックもそう。
 アイゼンはこのように同僚たちからいつも勘違いされてばかり。
 


 誰のせい?
 

 自分のせいだな。

 




「ボクが、何だって?」
 

 席に戻って来たグリリアはその台詞を言い終わる前に
 いきなりその子の両肩を、後ろからがしっと掴んでみせた。
 

「きゃあっ!」


 反射的に高い声が出る。

 音符もキンっと高めに跳ねたせいで、
 アイゼンは勝手に右目がぴくっと動いた。


「お前もまだ残ってたのか?」
「あ、うん、はい!」
「なんで?」
「いや、あの、お、お疲れさま……です!」
「お疲れ様、テロア」


 小さくて可愛らしい男の子、テロア”ちゃん”。
 
 華奢な見た目やその言動から、恐らく多くの人間が彼を「女の子」だと勘違いするであろう。


 四年生の中でも一番年が若く、まだたったの十四歳。
 自身の「弱さ」を理解しながらも、周りに必死についていく努力家。


 彼もまた、この組織が「好きで」入隊したこどもの一人であった。



 突然のグリリアの登場に、テロアは瞬間的に頬を赤らめ、かっちりとその場で固まってしまった。


 心臓の音が、どきどき、ばくばく。
 音楽も一緒に、徐々に徐々にクレッシェンド。


「え? どうしたどうしたあ?」


 グリリアは面白そうに、肩を掴んだまま
 ゆさゆさとテロアを前後に揺らしてみせた。


「もしかして、ボクの帰りを待っててくれたのかあ?」
 

 今度はくるっと自分の方へ体を向けさせ、
 向かい合った状態でその顔をしっかりと見つめる。
 


 テロアは身を委ね、されるがままだ。


 そのまますうっと目を閉じて、
 相手の問いかけに答え始める。


「そう……あなたを、待ってたの」
「どうして?」
「あなたのことが、心配、だったから……」


「好きな人」を前にすると、話し方や声のトーンが
 無意識に変わる人間がいるようだ。

 まさにこれは、典型的な例である。
 
「へえ、テロアは優しいね」
「そんなことないよ……」
 

 二人のメロディが合わさり、少しだけ甘く溶け合う。
 その音色はまるで、【恋人が踊っている】かのよう。
 

 目の前で仲の良い様子を見せつけられるのは、あまり良い気がしない。
 アイゼンにとっては、あまり心地よいワルツではなかったようだ。
 

 アイゼンの表情が、無から有へと変わる。
 

 このタイミングで彼の顔を見れば、明らかにイラついているということが誰でも簡単に見抜けるであろう。



 目障り、ならぬ、耳障りだ。
 

 あっちへ行け。



「あ、ごめんごめん」


 グリリアは急にぱっとテロアから離れ、
 あっさりと着席した。
 

「ううん、ちょっとだけ、びっくりしちゃった」
「ん?」
「もう、意地悪、なんだから……」
 

 テロアは自分に対して「ごめん」と謝られたと思っているようだが、
 それがアイゼンに向けられた台詞であることは、この場の誰も気付きようがなかろう。


 まぁ、勝手に勘違いさせておけばいいか。

 

「じゃあ、ボクはまだ仕事が残ってるから」
 

 グリリアは、今日の午後から放置されていた飲みかけのコーヒーを「勿体ねぇから」と、一気に飲み干した。

 何とも中途半端なぬるさに、
 うーんと微妙な表情を浮かべて見せる。
 


 そんな表情もね、惚れ惚れしちゃう。
 

 素敵ね、もっと、いろいろ見せて?



「ねえ、グリリア?」
 

 テロアは自分の椅子にちょんっと座った。
 元々、テロアはグリリアの「左隣」の席である。
 

「何だよ?」
「大丈夫、だった?」
「何が?」
 

 テロアはグリリアの左袖をついっと控えめに掴んだ。
 

「本部、行ってきたんでしょ?」
 

 またそれか。
 

「うん」
「こわい人がたくさんいそうだなって思って、
 心配だったの」
 

 パソコンの電源が入ったので、グリリアはばしばしと
 右手で適当にマウスとキーボードを触り始めた。

 使用頻度が高いせいで、始末書の「雛形」は
 既にデスクトップへ用意済みだ。
 

「怖い人……?」
「うん」
「……ああ、いたよ」
 

 テロアはじいっと、瞬きもせずに
 グリリアの横顔を見つめている。


「やっぱり、そうなんだ……」
「なんたって、本部にはえら~い人たちがいっぱいいるからね」
「えら〜い、人?」
「うん」
「上層部ってこと?」
「そうそう」
 

 身振り手振りで話す相手のその動作の一つひとつを、テロアはいちいち目で追いかけた。
 

「上層部って、手が早いんだよ」
「手が?」
「いっぱい殴られたり蹴られたりしてさ、
 ボクも、アイツも」
「えっ」
 

 そう言うと、グリリアは自分の向かいに座っているアイゼンの方を、モニターの隙間からちらっと見た。

 あぁ、目が合いましたね?



 テロアは急に席から立ち上がった。
 
「そ、そんな! どうして!?」
 

 ぎゅっと、相手の「左手」を両手で強く握りしめる。
 みるみる内に、両目にいっぱいの涙が溜まっていくのが見て取れた。
 

「怪我は? どこか痛くない? ねえ!」
「ははは、大丈夫だよ〜」
 

 適当な笑い方。


「ホントに?」
「あぁ、強いて言うなら、」
「どこ!?」
「今お前が握ってる左手が痛い”かもしれない”ね」
 

 意地の悪そうな笑顔だ。
 

「あ、ご、ごめんなさい!」


 ぱっと、テロアはその手を離す。


 まだ落ち着かない「彼女」に、グリリアは落ち着け落ち着けと言いながら
 ゆっくり深呼吸をさせ、やっと元の位置に座らせた。



 ……面倒くさいったらありゃしない。



 少しだけ間を置いてから、
 グリリアは次の台詞を口にした。


「兵長が厳しいんだ、相変わらず」
「そうだね、うん、兵長は怖いし、厳しいよね」


 呼吸を整えながら、テロアは答える。
 

「ボクらを『使えない』って言った挙句、
 めちゃくちゃボコられてさあ」
「ひどい……」
「まぁ、もう慣れっこだけど」
「本部の見学……だったんだよね?」
 

 どうやら先ほどのヒンヴェックとの会話は
 オフィス内のこどもたちに全て筒抜けだったようだ。


 グリリアはまた、アイゼンの方を見る。



 内容は喋るなよ?


 分かってるって。



「そうだよ、見学だけ」
「……」
「仮に何かあったとしても、流石にそれは秘密かな」


 それを聞いてか、テロアの小さく可愛い音符が
 分かりやすくぽとんと落ちる。

 しょんぼり。がっかり……

 アイゼンはその瞬間だけ、ふっと鼻で笑った。
 
「そっか……」
「バーカ、何落ち込んでんだよ」


 グリリアはまた笑いながら、
 左手でテロアの頬をぷにっとつまんだ。


 明らかに熱を帯びているであろうその温もりは、
 残念ながらグリリアの”その手には”伝わってこない。


「あは、えっと……えへへ」


 触れられる、ただそれだけで簡単に元気を取り戻せる単純な思考回路。



 最早説明するまでもないが、念のため。


 テロアはグリリアに”一方的な好意”を寄せていた。


【思春期】というのは非常に難しいもの。
 体と心の成長期。


 もちろん、恋愛にも興味関心が特に湧き上がる年頃だろう。


 その対象が男なのか女なのかは、きっと本人次第。
 他人がとやかく言うことではない。


 たまたま好きになった相手が、たまたま同性だった。
 きっと、それだけである。
 


「ちゃんと理由があるもん!」


 それについてはまた今度。


「それより、テロア、」
「は、はい!」
「早く帰りな?」
「え?」
「もういい時間だよ。
 ご両親が心配してるんじゃないか?」
 

 グリリアはとんとんっと、パソコンのモニターに映る時計部分を叩く。
 気が付けば、もう午後七時を回りそうだった。


「あ! パパとママに連絡してないや!」
「電話くらい一本入れておきなよ」
「うん! ありがとう!」


 テロアは慌てて携帯端末を取り出し、よく連絡している番号を呼び出しながらぱたぱたと外へ出て行った。


 意外とあっさりである。


「……はあ」



 誰にも聞こえないように小さく、
 グリリアは溜息を漏らした。

 当然、耳の良いアイゼンには
 聞こえていたようであるが。


「グリリア、」
「はいよ」
「さっきから、うるさい」
「え? 何が?」


 音楽が。


「それはどうも失礼いたしました」
「……」
「……ボクはさ、」
「はい」
「相手のことは分かっても、
 自分のことは分からないんだよ」
 

 アイゼンはその台詞を聞き終わると、もう一度、グリリアの方へ目線を移した。

 目は合わなかった。


「……どういうことだ?」
「さあ?」
「……」
「バーカ、言葉の通りだよ、頭使え頭」


 グリリアは右手で「しっしっ」と追いはらう動作をして、始末書の続きを打ち込み始めた。
 それから書類が出来上がるまで、今度は一切顔を上げることはなかった。



 始末書一枚仕上げるのにどれだけ時間が掛かってる?


 どいつもこいつも、邪魔ばっかりしやがって。


 頭が平和で羨ましいよ。


 ******


 

 さて、そろそろいい時間でしょうか。



 人間が減るごとにもちろん雑音は減っていくが、
 その分「まだそこに存在する人間の音」は、より鮮明に聞こえてくるようになる。


 例えば物理的な音だと、
 しきりにキーボードを打つ音が、二名分。

 これは、アイゼンとグリリアですね。


 あとは、夜勤メンバーが何名か残っている。
 出動時間まで、簡単に作戦会議が行われている。

 話し声がこそこそもそもそ。

 


 それから、




「マジで”ご立派”だよなァ!」



 突然、何の気持ちも篭っていない賞賛が、少し離れた席から聞こえてきた。
 

 声の主は、真っ白に色落ちした髪の毛が特徴的な、
 見るからに【ガラの悪そう】な少年。

 わざわざ「自分で色を抜いたらしい」その白髪は、
 クラスの中で「二番目」に目立っていたという。


 首にはチョーカー、耳元にはピアスと、装飾品が他のこどもたちより妙に多い。
 爪なんて、常に真っ黒だった。



「”頑張ってる”と、上から声も掛かるんじゃないの?」



 その隣に、彼とは反対に髪の色が真っ黒な少年が、
 ぴったりとくっついているのが見て取れる。

 にこにこと笑みを浮かべ、
 頬杖をつきながら白の少年の台詞に相槌を打つ。



 白と黒のコントラストが特徴的な二人組。

 シモンと、ベッシュ。
 


 この二人に目をつけられると、本当にタチが悪い。


 大体どの集団や組織にも、不真面目な人間というのは一定数存在する。
​ もちろん、この場所でもそれは例外ではなかった。


 人が少ない分、彼らの奏でる【音楽】も、より鮮明に聞こえてきてしまう。
 がちゃがちゃとでたらめにかき鳴らされるエレキギターと、それを下から支えるベースの重低音。




「本部に行っちまうなんて、マジですげぇわ」
 

 机に足を乗り上げ、テンプレートさながらな行儀の悪さをシモンは周りに見せつけている。
 

「ホント、”マジですげぇ”」
 

 ベッシュはシモンの台詞をミラーリングしながら、
 うんうんと、いちいち頷く。
 

「それで、オレたちと給料変わんねぇんだろ??」
「それ〜」
「時間と労力の無駄ってやつだな〜」
「まさにそれそれ〜」


 二人は「誰のことを言っているのか」明らかにせず、
 特定の人間を罵っている模様。


「なあ、ベッシュ」
「なに?」
「オレ、超ヒマ」
「同じく~」
 

 実際に業務で残っている人間がいる中で、わざわざ聞こえるように「暇だ」と言い放つ様には
 全く良い印象は受けないだろう。
 

 二人はお互いに手元で携帯端末を触りながら、
 あまり未成年には推奨されない映像を視聴していた。


「やることなくて、超ヒマなんだが」
「帰んないの?」
「バーカ、ヒマだからここにいんだよ」
「なんでなんで?」
「バカな奴の顔見てっと、面白いだろ?」
「なるほど、かしこ~い!」
「残業ってのは、
 仕事ができねぇヤツがするもんだよなァ?」
「頑張っても、できないヤツはできないんだよね〜」
 

 けたけたと、楽しそうに笑い散らかす。


「なあ、ベッシュ」
「なになに?」
「アイツの顔、見てみろよ」
「ええ、だあれ?」
「アイツだよ、アイツ」
 

 シモンが指差している”アイツ”とは、
 誰のことだろうか。
 

「めちゃくちゃ顔、死んでね?」
「あ、ホントだあ」
 

 ぴたっと、アイゼンの手が止まった。
 

「超ウケる」
「真面目って大変だよね〜」
「それな」
「絶対バカ見るだけじゃん?」
 

 二人はクスクスと笑いながら、
 次々と会話を繋げていく。
 

「飛び級とかあんのけ?」
「あるかも?」
「上に良い顔してたら、チャンスが掴めるんけ?」
「かもかも」
「もしかして:社内営業」
「それだーー!」
「めざせ〜じょうそうぶ〜」
「無理でしょ”あんな奴”じゃーー!」
 

 それが羨ましいとか嫉妬だとか。
 どうやらそのような類いのものではないらしい。


「なあ、ベッシュ」
「は〜い」
「真面目な奴ほど?」
「バカを見るーー!」
「早死に??」
「待ったなしーー!」
「やっべぇやべぇ、アホくせぇわ!」
「もっと賢く仕事したいよね〜」




「お前ら、」



 グリリアはドンっと自分のデスクを叩き乱暴に立ち上がると、そのまま一気に二人に詰め寄った。



「あれ? どうした?」


 こういうときは、まずベッシュが先に
 相手を出迎える。

 顔色一つ変えず、むしろ、とっても楽しそう。


 反対に、グリリアの表情は
「怒り」以外の表現が思いつかない。


「さっきから黙って聞いてりゃ……」
「なに? なになに?」
「煽ってんな??」
「え、待って、超怖いんですけど?」
 

 感情をむき出しにした相手を見て、
 ベッシュは相変わらずクスクス笑っている。
 

「てめぇ、……」


 グリリアは、すぐさま右手を強く握りしめた。
 いつ振りかぶってもおかしくはない。


「俺たち、”お前に”、何か言ったのかな?」


 質問の仕方に、性格の悪さが現れている。


「アイツを馬鹿にしただろうが」


 このシーンに至るまでに聞いたことのないほど低いトーンで、グリリアはベッシュを問い詰める。
 

「え、アイツ……?」
 

 ベッシュはわざとらしく頭を抱えて見せた。
 誰のこと? 誰のことだ??
 

「しらばっくれてんな??」
 

 ガンっと、グリリアは強めにベッシュの机を蹴った。
 

「やめてよ机が壊れちゃう」
「は??」
「ねえねえシモン、グリリアが超怖いんだけど、何か怒らせるようなことした??」
 

 ベッシュはとりあえず、シモンに対応を振ってみた。



「あ?」



 だが、シモンは次々動画を選びながら、興味無さげに”一文字”だけ答えるのみ。
 こっちに顔も向けやしない。
 

「あ、ごめんね、シモン今超忙しいみたいで」
「いい加減にしろ!」
 

 ここまで来て、遂に手が出た。
 
「ハハハ、何怒ってんのさぁ……」
 

 ベッシュはグリリアの右手を、
 自身の左手でぱしっと簡単に受け止めた。

 

 感情的な奴は、すぐ動きが読めるんだよね。

 

 尚も余裕そうな表情を見せつけられ、
 グリリアのボルテージは更に上がっていく。
 

「お前らは結局何がしたいんだ!」
「え?」
 

 どうやら、この光景は今日が初めてではないらしい。
 

「真面目に仕事してる人間を罵って、そんなに面白いか??」
「え? え??」
「お前らみたいな奴が警察官だなんて、いい恥晒しだな!」
「あれあれ、それだと、お前が罵ってない??」
「揚げ足取ってんじゃねぇ!!」
 

 グリリアはベッシュの胸ぐらを掴み、
 そのまま相手の頭にめがけて額をガンッとぶつけてみせた。
 

「っ!…………」
 

 流石に効いた模様?


「ハハハ、石頭はこれだから、アハハハハ」
 

 と思いきや残念、それすらあまり効いていない様子。

​ ベッシュはグリリアの手を、
 また、いとも簡単に払いのけた。

 

「シモンどうする? 遊ぶ?」

 いつもみたいに。

「アァ?」
 

 シモンはその問いかけには答えず、ふあっと一回あくびをしたかと思うと、
 突然、手に持っていた端末を床に投げつけた。
 

 それからグリリアへ向かって「Depp」と言い放ち、
 さっさと鞄を抱え、何事もなかったかのようにその場から立ち去ろうとした。


 お前にゃ興味ねぇんだよ。



 ベッシュは「あらら」と言いながら、
 急いでその後を追い掛ける。



「てめぇ、今の言葉、撤回しろ」



 グリリアは今度はシモンへ掴みかかり、
 無理矢理元の場所へ引き戻した。
 

「あァ?」
「撤回しろっつってんだよ」
「テメェはオレに命令出来る立場なのかァ??」
「侮辱罪でぶち込んでやんぞ?」
「できるモンならやってみな???」
「ああ、やってやんよ」
 

 隙をついたグリリアは、シモンの首を掴んでデスクに強く押し倒した。

 ガタンっと大きな音とともに、勢いで近くの椅子がひっくり返る。
 モニターは倒れ、周りの書類はばらばらと床に散らばった。


「アァ? やんのかテメェ??」
「とっとと警察なんて辞めちまえ!!」
「ヒャハハ!! かかってこいよォ、この、【    】野郎が!」
「ぶっ殺してやろうかァァァ!!!」



 さっきから元気がいいですね。
 オフィス内だというのに、場を弁えない馬鹿野郎共。



 グリリアは日頃から、
 この二人とはよくぶつかっていた。

 彼が持っている【強めの正義感】故、かもしれない。


 シモンとベッシュは、いつも一緒になって特定の誰かを貶めていた。
 狙われるのは大体「発言力が弱い奴」や「意思表示の弱い奴」ばかり。

 有る事無い事、勝手にペラペラ平気で口に出す。

 容姿・性格・特徴・その他諸々を蔑み、笑う。

 頑張りや努力の全否定など、朝飯前。
 

 また、そこに意味や目的がないのが大きな謎。
 ただ楽しんでいるだけ。

 
 どちらにせよ、許せるわけねぇだろ!



 ここのぶつかりは最早「恒例行事」。
 特別変わったことではなく、ただの「日常茶飯事」。
 

 誰も、止めようとすらしない。

 

 ……というより、巻き込まれたく無いんだね?



 人間が複数人集まれば、やはり一定数、
 そういうタイプの人間は存在しているものだ。


 コイツら、やっぱり、タダの「こども」である。



 今日も”こんな時間”から、
 激しい罵り合いと、殴り合いか?

 特に今回は「自分のバディ」に攻撃を向けられ、

 グリリアの怒りはピークをとっくに通り越していた。
 


 相手の攻撃が来る前に、
 得意の瞬発力の高さで先制攻撃を仕掛ける。

 グリリアはシモンに馬乗りになると、
 改めて右手を大きく振り下ろした。



 が、しかし、今日はいつもと違って、その行動はかなり早い段階で中断させられてしまった。



「グリリア、やめろ」



 声が聞こえた。
 心の、ではなく、直接。
 

 アイゼンはグリリアの右手を掴み、攻撃を封じた。
 

「放せ!」
「放さない」
「なんでだよ!」
「殴っても、何も解決しないから」
 

 そのままシモンから引き剥がすと、グリリアを近くの壁に押し付けた。
 

「放せって……!」
 

 残念ながら力の強さに関しては
 グリリアよりもアイゼンの方が上だった。
 

「嫌だ、放さない」
「お前、言われっぱなしで腹立たねぇのか!?」
「ああ、ムカついた」
「だったら……!」
「だからって、殴るのか?」
「……」
「さっき言った、感情的になるなって」
「……」
「怒りに任せて自分を見失うなよ?」
「……クソッ!」

 言われている事は、至極当然。
 だが、言われっぱなしでは気が収まらない。

 ふざけるな、ふざけんじゃねぇ。



 

 アイゼンの背後に、白と黒が近付く。
 

 その旋律は普段とは比べものにならないほどの爆音をかき鳴らし、
 テンションの高さを分かりやすく表現してくれる。
 

 ロック調の高音は、アイゼンが苦手としている音種の一つであった。



「こっちおいでよ」
 

 ベッシュはアイゼンの襟元を掴んで、自分たちの方へ引っ張った。
 

「っ……」
「そんなに沢山、”人間の言葉”が喋れるんだねえ」
 

 にっこりと、気持ちが悪い笑顔を向けてくる。
 実に、不愉快。
 

「ホラホラもっと喋ってみろよなァ!」
 

 シモンはアイゼンの前髪をがっと掴んで、強制的に目を合わせにかかる。
 

「ひっ……」
 

 思わず、声が出た。

 まじまじと顔を見つめられ、
 その不快感からさぁっと血の気が引いていく。 
 

「喋るんだあ??」
「”シャベッタァァァ”」
「それーーー!!!」
「レアじゃん! レアレア!!」
「やばーーーー!!!」
 

 エレキギターの超絶技巧にベースの低音が合わさり、うるさくビートを刻み続ける。
 ビリビリと震え、今にも耳が壊れてしまいそう。
 

 アイゼンは言葉と音楽の応酬に、両手で耳を押さえてその場に蹲った。

 流石にこんな爆音、堪えられない。
 

「どうした、どうしたァ??」
「もっと喋ってよ~」
「オラ、立てよ」

 掴まれた腕を、アイゼンは反射的に振りほどく。

 俯き、改めて両手で耳や顔を覆う。

「もしかして:泣いてる」
「ダッセェ!!」
 

 うるさいうるさい。
 

「なあ、ベッシュ」
「なに〜」
「そもそもコイツ、なんて名前だっけ?」
「あ、忘れた〜」
「なんか、【顔の白いヤツ】?」
「そのままじゃんウケる〜〜!」

 

「はーーっ……」
 

 アイゼンの息が上がってきた。
 緊張からなのか、妙な能力のせいなのか。
 

「やめろお前ら!!」
 

 慌てて間に入ろうとしたグリリアであったが、
 少し、タイミングが遅かったようだ。


 アイゼンは普段通りには呼吸が出来なくなり、
 うまく肺に酸素が取り入れられなくなっていた。


 ただの過呼吸……か?



 胸を押さえながら、忙しなく肩を上下させる。
 床に手を付き、倒れないようになんとか耐える。


「え、なんコイツ、よっわ……」


 明らかな【体調不良】を目の前にしたシモンは、
「興が醒めた」と吐き捨てると、蹲るアイゼンの顔面を雑に蹴り飛ばした。


「行こうぜベッシュ、萎えた〜」
「は〜い」


 まるで【壊れた玩具に興味を失くした】こども、だ。

 

 シモンは再び荷物を抱えると、そのまま一直線に、オフィスのドアから無言で出て行った。


「1437番、退勤しま〜す」


 ベッシュはわざとらしく、
 退勤報告をオフィス内へ投げかけた。

 そして、ドアが閉まる前にちらりとグリリアの顔を見て、にやっと笑いかけた。

 

 ******

 

「アイツら……犯罪者と何ら変わりねえ」
「それは言い過ぎだ」
「言い過ぎなもんか」



 ”真面目が馬鹿を見る”


 耳に残る、嫌なフレーズ。
 


 普段【真面目】な人間が成果をあげると「やって当然だろう」という評価になるだろうが、
 普段【不真面目】な人間が同じ事をすると「やればできるじゃないか」と高評価を得る。
 

 人間の印象というのは、
 実に不思議でアテにならない。
 

 真面目な人間は自然と期待値が上がり、
 その分失敗した時の失望感が非常に大きい。
 

 出来る事が多いと、任される業務量が無駄に増える。
 特別珍しくないでしょう?


 全く、理不尽な世界だな。
 


「皆、平和な部分しか知らないから、”あんな顔”していられるんだ」
 


 奇しくも、事件や任務はツインごとに「順番」で回ってくる。
 

 つまり、ただのパトロールなどの「危険度の低い」任務ばかり偏って当たるツインもいれば
 その反対もいるということだ。 

 

「アイツら皆、組織の【恐ろしさ】に触れた事がない奴らばっかり」
「……」


 ということは、あなたたち二人は【恐ろしさ】とやらを知っているのでしょうか。


「ヘラヘラ余裕かまして、腹が立つね」
「……」
​「なぁ、お前もそう思わないか?」

 

 グリリアはようやくまとまった始末書を所定の宛先へ送信するため、強い力でエンターキーを押し付けた。

 

 時刻はもう、午後九時を回っていた。