Episode.1-1

【scene:02】

​シーン02:

アルデベルト養成所 - 廊下

Characters

-登場人物-

1496.jpg

No.1496

Eisen Angsting

1483_edited.jpg

No.1483

Griglia Adagio

 警察官というのは、

 【大体「二人一組」で行動するのが基本】

 だそうだ。


 ”捜査の基本は、二人一組で”
 ”そんなことも知らないのか?”



 このような台詞を、
 いろんな創作物で見たり聞いたり。


 そして、例外なくこの場所でも、何か事を成すときには必ず二人一組での行動が強いられていた。

 ここでは【Twin(ツイン)】と呼ばれる仕組みのことである。



 それでは、


「1496番:アイゼン=エングスティング」と、

「1483番:グリリア=アダージョ」は、
 

 どうしてツインになったのだろうか。



 比較的”冷静に行動”するアイゼンと、
 完全に”その時の感情で動く”タイプのグリリアは、
 全く正反対の性質といっても過言ではない。
 

 アイゼンが「静」で、グリリアは「動」。


 逆の性質だからこそ、
 この二人は【互いに無いものを補い合えるバディ】。


「……なのか?」


 そしてその結果プラスの効果を生み出し、
 組織に大きく貢献してくれるはず。


「はず?」


 ……わざわざ横槍が入るということは、どうやら”現段階”では、あまりプラスに作用をしていない模様。

 


 ”片方が勝手に行動し、片方がそれを抑制する関係”
 



 だが、人間の関係性というのは、少しずつ少しずつ、
 時間を追って変化していくものだ。

 良い方へ向かうのか、それとも、その反対なのか。



 ”プラスとマイナスでは、どう頑張ったところでゼロにしかならないだろう?”


 果たして、そうでしょうか。



 ところで、仲はよろしいのですか?

 

「良いと思いますよ?」


 おや、これはどちらの台詞かな?




******




「アイゼン、あのさ」
「はい」
「ごめん」
「?」
 


 二人は取調室を後にした。
 

 もう、兵長も本部の人間も、誰もいない。
 完全に「置き去り」というやつだ。


 全く、優しくないな。



 場面は変わり、ここは、彼らが普段稼働している「オフィス」へとつながる長ったらしい廊下。


 照明は既に夜間用に落とされ、ぼんやりと足元のみが照らされている程度。
 この僅かな光でも、既に暗闇に馴染んだ二人の目には、特に問題がない光量だった。



 取調室は、彼らが普段訓練を受けている「養成所」から少し離れた「本部」の中にある。


 本来であれば彼らのような”ただの訓練生”が、
 簡単に足を踏み入れて良い場所ではない。

 

「訓練中の、まだ”ヒヨっ子”のボクらに取り調べの実践なんて、無茶なことさせやがる」

 

 訓練の一貫だ、というには、確かに

「実際の犯罪者と対面させる」

 というのは、些か妙ではなかろうか。


 それも、殺人事件の犯人である。




「そういう方針なんだ、きっと」


 アイゼンは特に気にしていない。


「はぁ?」


 グリリアは納得がいかない、といった顔。



「あんまりこう表現したくないけど、」
「何だ?」


【日常で簡単に起こりそうな事件】


「……の取り調べなら、別に良いんだけどさあ」

 

 少し、言い方が気になる。



「……例えば?」
「いいかアイゼン、」
「はい」
「死人が出ない前提でさ、」
「はい」

 

 ”酔っ払いが誰かを殴った”
 ”子供同士の些細な喧嘩”
 ”物を盗んだ”

 

 みたいな?


「取るに足らない【小さな事件】ってやつだよ」

 

 はぁ……と溜息混じりの台詞を吐くグリリアを見て、
 アイゼンは明らかに不快感を示している。


『事件に大きいも小さいもない』


「って、言いたい顔だな、アイゼン?」

 

 グリリアはまた、先回りをして相手の「次に言うはずだった台詞」を口走る。
 なんとなく得意そうな”同僚”のその表情に、アイゼンはさらに眉をしかめた。



「……そうだ」
「それってさ、ドラマでよく聞く台詞だよね」
「作り話と同じにするな」
「っはは、悪い悪い」
「……」



 一定の距離を保ちながら、
 二人は並んで歩みを進める。
 

 アイゼンはグリリアより少し背が高いが、
 相手に歩幅を合わせてやろうなんて気は、
 全く回らないようだ。

 

 すたすた歩く相手に、
 グリリアは少しだけ早足でついていく。



「それで」
「ん?」
「続きは?」
 

 アイゼンは、相変わらず相手の顔を見ずに話す。

「え、あぁ、だから、……ごめん」
「何が?」
「いや、その、アイツをガン詰めしちゃってさ」
「……」
「やりすぎたかな~ってさ、あはは」
 

 謝りながら、グリリアは自身の髪の毛を、
 右手の人差し指でくるくると頻りに触っている。

 あまり反省の色は見られない。

「……」
「ごめんって」


 ”何をそんなに謝るんでしょうかあ?”



 その言葉から何かを感じ取ったのか、
 グリリアは更に焦ってみせた。
 


「ああ、だから、ごめんって」
「……」
「許してください! ……な?」

 両手をパンッと合わせて、
 首を少しこくっと横に倒す。

 女の子であれば、その様子はきっと可愛いのだろう。

「何を許せと?」
「ん、」
「?」
「んん、」
 

 言わなくても分かるだろ。


「……俺が怒ってると?」
「そうそう」
 


 ぴたっと歩くのをやめると、
 アイゼンはゆっくり、顔を相手の方へ向けた。
 


「怒っていたのは、お前の方だろ?」



 グリリアはその顔を見て、大げさに驚いた。



「ほらあ!」
「?」
「その顔その顔っ!」
「顔?」
 

 アイゼンは、少しだけ笑みを浮かべていた。


「お前さ、」
「はい」
「怒るとその顔、するよな?」

 

 口角が上がっているため、口元だけを見るなら
 ニコニコとただ笑っている「普通の笑顔」。

 その類いではないと分かるのは、
 恐らく目元のせいだろう。
 

 いつも眠たそうな半開きの瞼が、
 はっきりと持ち上がっている。

 意外と目が大きいんだなと、
 気付かされる瞬間かもしれない。
 


 アイゼンの”色のない”瞳の中に、今はちゃんと
 目の前の人間がはっきりと映り込んでいる。


「ああ、怖~」
「そうですか?」
「……怖いって」
「……」
「怖いってば!」
「ああそう、そうか……」
「……っふふ」
「?」
 

 ドタバタと、音程が上がったり下がったり。
 感情の起伏が激しい奴だ。
 

「……グリリア?」
「なに?」
「どうした?」
「ん? 別に何も~?」
「……?」
 

 今度は少し近付いて、相手の顔をぬっと覗き込む。

 

「っあ、何だよ?」

 

 グリリアは今度は正直に驚いて、即座に身を引いた。

 アイゼンはその様子を更にじいっと
 目だけで追いかける。

 

 こういうときは、しっかり相手の目を見るんだな。



「……別に怒ってない」
「ええ、さすがにそれは嘘だろ?」
「俺”は”、嘘をつきませんが」
「あっそう」
「?」
「うん?」
「………はぁ…」
 

 面倒くさい、と言わんばかりに、
 アイゼンは大きく溜息をついた。

 いつもと違う様子の、相手の「感情の揺れ方」に
 少し疲れたようだ。



 普段であれば、規則正しくぴょんっと忙しなく跳ね回るグリリアの独特な旋律が、
 今はがたがたと、不規則且つ乱暴に耳に届いてくる。
 

 先程の犯人とのセッションも酷かったが、
 お前一人だけでも今日は随分と滅茶苦茶なメロディーだな?



 気持ちが悪いよ




 アイゼンが相手の顔を見なくとも様子を伺い知ることができるのは、
 このように「音色」の形となって、「相手の精神状態や感情の変化」を読み取ることができるからだ。


 人間一人ひとり、奏でている音楽は全く違う。
 説明が難しいが、ある意味「いきものが放っている独特な”気”の流れ」と似たようなものかもしれない。
 


 一定のリズムの中に、
 突然現れる不協和音や歪み、ノイズ。


 それが、「嘘」。
 


 その歪みが聞こえて来るお陰で、アイゼンは
「嘘を暴くこと」だけ、妙に長けているのである。
 

 ただし、その「内容」までは知ることができない。
 

 中途半端もいいところだ。



 ”全く、何ともよく分からない「魔」に取り憑かれているものだな”


 

「隠す必要がないので、」
 

 という前置きをした上で、アイゼンは台詞を続けた。
 

「最近、お前、少しおかしい」
「……ええ、ボクが?」
 

 とぼけるなよ。
 

「今この状況で、他に誰がいる?」
「ああ、はい、ボクのことですかねえ」

 

 敬語なのかタメ口なのか。

 どうやら二人だけの会話のルールや
 独特な距離感が存在している様子だ。

 

「さっきもそうだ。突然、犯人にあんなことを」
「だから、それは悪かったって」
「謝って終わりじゃないだろ」

 

 アイゼンは少しだけ語調を強めた。

 それから、そっと、耳打ちで伝える。



(組織にバレてもいいのか?)
 



 その言葉を聞いてか、グリリアが一瞬にやりと笑ったのをアイゼンは見逃さなかった。


 だが、それと同時にキンっと高い音が跳ねたせいで、
 アイゼンはすぐに目を逸らし、左耳を押さえた。



「あぁ! そうだった!」
 


 急な大声が、廊下中に響き渡る。
 


「……」
「ボクは本当にうっかりさんだなあ!」
 

 棒読み。
 何ともわざとらしい。


「……バレると嫌だって言ったのはお前自身だろ?」
「そう、そうですね~!」
 

 言い終わると突然、
 グリリアはオフィスに向かって走り出した。

 

 ……何だ?


 アイゼンはとりあえず遅れを取らないよう、
 すぐに相手と同じように走った。


 もたもたしているとあっという間に距離を離される。
 走るスピード自体は、グリリアの方が速いからだ。

 

「頭に血が上っちゃうとさぁ! つい、」
「嘘」
 

 即座にアイゼンは指摘する。
 

「嘘じゃないですよ?」
「……」
「お顔が怖いですねえ、アイゼンさん?」
「……ふざけてるのか?」

 

 また、目に力が入る。
 全くもって、彼は嘘がお嫌いなようで。

 

「あはは! 違うって、待った待った!」
「ああ?」
「怒るなって、はははっ!」


 ぴょこぴょこと、身軽な相手は
 楽しそうに飛んだり跳ねたり。


「煽ってんのか、俺を」

 

 つい、言葉遣いが荒くなる。

 妙な冷静さを保って見せていても、
 やっぱり中身は、まだタダの”こども”、である。


 走って走って。

 走って……?



「……グリリア、」
「はい?」

 

 アイゼンは手を伸ばし、
 グリリアの「右肩」を乱暴に掴んだ。

 

「っあ」


 さあ、追いついた。
 

 たとえ相手のスピードが速くとも、
 持続力がないと簡単に追いつけるものだ。


「お前……さっきから何だ?」
「はーーっ……」
「?」
「あっははは……」
「何だ……?」
「あぁ、面白いな……」

 

 少しだけ、聞こえてくる音楽が穏やかになった。

 

「……おもしろい?」
「こうやっていつもバカみたいに”普通に”笑ってられりゃ、楽なんだけどさあ」

 

 言いながら、グリリアは
 アイゼンの手を強めに払い除けた。
 


「お前、今、良い顔してるよ?」
 


 右手の人差し指で、
 アイゼンの鼻先をちょんっと触ってみせる。
 


「っやめろ……」
「いつも【何も無い】から、
 その方がむしろ人間らしいよ、アイゼン」
「……」
「悪かった悪かった、もう、ふざけませんって」
「……」



 そんなに距離は走っていないはずだが、二人とも妙に息が上がっている。
 きっと、兵長から受けた【体罰】が、地味に響いているからであろう。
 


 一旦息を整えてから、まずはグリリアから
 次の台詞を吐き出していく。

「ええ、はい、あの男の”心を暴いた”のは
 わざとですよ、わざと」
「何故?」
「……お前さあ、腹が立たないのか?」
「誰に?」
「個人レベルの話じゃなくて、」
「?」
「『組織そのものに』、だよ」

 

 少し、周りを気にした方が良い会話かもしれない。

 

「さっきの犯人、誰だか知ってるか?」
「さあ?」

 

 ”覚える必要のない人間に興味が湧かないアイゼン”が、知っているはずもない。

 

「あの男、結構有名なんだぞ」

 

 テレビでよく見るだろ?

 と言いながら、
 グリリアはだらだらと男の素性を話し始める。

 

 やれ金持ちだ、立派な教育者で、著名人で?
 やれ政治家に近いやら、権力が云々。
 

 金持ちが身代金目的の誘拐なんて、
 誤魔化し方が本当にバカバカしくって笑える。
 

 それからそれから……

 

「……アイゼン、」
「はい」
「ボクの話、聞いてないだろ?」
「はい」
「素直でよろしい」
 

 お前らしくていいな。

「ボクはああいうタイプの人間が心底嫌いなんだ」


 ……おや?


「【個人レベルの話ではない】んだろう?」
「うん?」
「さっき、お前がそう言った」
「ああ、そっか、あはは」
「……」
「結局、犯人にもこの組織にも、
 どっちにも腹が立つってことだ、ははは」

 

 音符がなかなか整わない、カタカタかたかた……


 こうも安定しないリズムが続くと、
 いい加減吐き気がしてくる。


 グリリアは、”無駄に”、よく笑う。


 笑いにも数多くの種類が存在しているが、
 彼の場合、どんな笑い方が多いだろうか。

 


 楽しくもないのに、よく笑えたものだな。
 


「ああいう人間は自分の立場を利用して、
 いとも簡単に法律の【穴】をすり抜けるだろ」
「なるほど?」
「多分、というかほぼ確定で、アイツは裁かれないよ」
「……そうか」
「殺された女の子が、可哀想だ」
「……そう、だな」
「その子の親も……」
「……」

 

 今度は急にがくんと、音程が下がる。


「なんだって、人を殺しておいてそうなるんだ?」
 


 アイゼンは何とも答えようがなく、黙っている。
 


「ボクには全く納得がいかない」
「……」
「……人の命を何だと思ってやがる」



 先程からいかにも「正義の味方」らしい発言を並べ立てているが、
 それは、グリリアがそのまま”人一倍正義感の強い人間”だからである。
 


 だって、これが警察のあるべき姿じゃないか。
 


 それが大きく評価されることもあれば、邪魔になる場面もあるのだろう。
 全てが性善説で罷り通るとは限らないのが、社会というものだ。


 アイゼンはその「まっすぐで頑固」な相手に、いつも振り回されてばかりでいる。

「はぁ……」

 これだから【互いに無いものを補い合えるバディ】とは、全く言えないのだろう。



 で?


「犯人はともかく、組織は何か関係があるか?」
「大アリだよ」
 

 だらだらと話している内に、
 気が付けば、オフィスまであと数十メートルというところまで戻ってきていた。

「兵長の態度を見たか?」
「あの男はいつもあんな感じだろう」
「今回ほど顕著なことがあるかよ」
「……そうか?」

 アイゼンは、あまりピンときていない。

 そんな相手を放ったまま、自分の発する言葉にいちいち頷きながら、グリリアは続ける。

「大金でも積まれたのか、権力に押されたのか……」
「……」
「とある作品では、犯罪者を【お客様】呼ばわりして
 丁重に出迎える、なんてシーンが存在するんだ」
「へえ」
「まさに、その感じだよ」
「?」
「あの犯人は、組織にとっては犯罪者ではなく、
 ”ちょうどいい”、客人」
 


 何が「ちょうどいい」のか?
 アイゼンは相変わらず小首を傾げている。
 


「……よく、分からない」
「まあ、分からなくて良いんじゃない」
「?」
「きっと、気持ち悪いだけだから」
「……」



 グリリアの【予測】や【先読み】が
 あながち間違いでないのは、

 ”組織にバレてはいけない”

 彼の変わった性質のせいだ。




 彼は、「他人の心が読める」のだ。




 正確には「相手の考えていることが勝手に聞こえてくる」という状態。
 自分の意思とは関係なく、次から次へと他人の「本音」「隠し事」が耳に入ってくる。



 アイゼンの「それ」よりも、かなり利便性の高い「魔」に取り憑かれているんですよね?

 ああ、どいつもこいつも、うるさいんだよ……




「……なあ、アイゼン」
「なんだ?」
「ボク、もう組織にバレても良いかと思ってる」
「は?」
 


 これほどまでに「組織にとって都合の良い能力」が明らかになれば、
 彼にどんな末路が待っているのか、想像に容易い。


 疑わしい人間は、全て1483番に突き出せばいい。
 全て彼にやらせれば、万事解決。


「それは駄目だろう、グリリア……?」


 果ては、犯罪者がいなくなりますか?
 ああ、なんて素晴らしい世界なんでしょう。

 馬鹿野郎め


「ボクさ、お前ほどじゃあないけど、」
「?」
「犯罪者の嘘や隠蔽、
 そういう類いのものが許せないんだ」
 

 だって、正義の味方は悪を許さないものだろう?


「……」
「組織がそれを隠そうとするなら、
 ボクが全部暴いてやるよ」
「……そんな」
「『そんな馬鹿みたいなことを考えるなんてどうかしてる』、って?」


 また「相手の言葉を先読み」して、
 グリリアは得意げに笑ってみせる。



 相手の心の内が全て分かってしまうんですか?

 へえ、なんと恐ろしい。
 できれば近寄りたくないね。
 


 ”全て筒抜け”とは、とても恐ろしい話だ。
 

 それに、そのようなことが本当にできるのであれば、
 それこそマスコミの格好の餌食となるだろう。

 言うならば、「晒し者」だ。



 人間は、珍しいモノを見つけると
「我先に」と取り合う性質があるようだ。

 それを誰かに自慢するのか、
 金を得る手段に変えるのかは分からないが。




 彼の特殊な能力について知っているのは、
 ”今のところ”は、アイゼンだけである。

 アイゼンの変わった性質を把握しているのも、
 ”今のところ”は、グリリアだけ。

 

 ここに、彼らの信頼関係が見て取れる。


 なあ?




「ああ、どうかしてる」
「ふーん」
「俺は、お前がそんな風に
 組織に使われてしまうのを見たくない」
「意外とお優しいんですねえ、アイゼンさん?」
「茶化すな」
「ふふふ」
「それに、」

 

 それに?



「お前が”そんな風に”なってしまったのは、
 俺のせいでもある……から……」



 相手のその気になる物言いに、
 グリリアの音符が一つだけ鈍く跳ねた。



 そうか、お前のせい……だったかな?


「……んん」
「自分の身を売るのは正義ではないよ、グリリア」

「……」
「…」


 アイゼンはもう一度、今度はそっと、
 相手の「左肩」を触る。

 先程と何が違うのか、
 今度はそれを振り払う動きが見えない。



「”自分の身を売るのは正義ではない”、ね……」
「ああ、そうだ」
「カッコいい台詞だこと」
「……」



 また、目が合う。


 とくとく、と、普段聞き慣れた旋律……


 アイゼンはそれを聞いて、
 明らかに安堵の表情を見せた。



「はいはい分かった分かった、じゃあ、
 引き続きバレないよう気を付けまーす」
 

 嘘じゃないだろうな?


「嘘じゃねぇよ」
「なら、良い」
「はいはい」
「……いずれにせよ、やり方が乱暴だ、お前は」
「そうですか?」
「あんな風に振る舞われると、
 俺はどうしたら良いか分からなくなる」
「……」
「感情的にならないでくれ」
「……これはもうボクの性格だな、ははは」
「面白くないのに、笑わなくて良い」
「……うるさい」

 

 ここまできて、グリリアはぱんっと
 アイゼンの手を払い除けた。
 


「アイゼン、」
「何だ?」
「お前は、この組織が好きか?」

 

 急にストレートな質問が飛んできた。
 


「それは、聞く相手を間違えていますね」
「はは、そっか」
「俺はこの場所を好きか嫌いかで考えたことはない」
「へえ、そう」


 組織が言うことに対して、
 こちらが良し悪しどうこうと口が出せるはずもない。

 それが命令であれば、従うのみ。


 だって、仕事ですから?


 アイゼンがグリリアの言葉の理解に至らないのは、
 こういう「成り行き任せ」な部分があるからだ。

 反発して、何か変わりますか?


「俺は『自分の意思でここにいる訳ではない』」
「ああ、そうだったね」
 


 ここは【立派な警察官になるため】の養成所。

 の、はず。


 だが、きらきらと目を輝かせて入隊する人間ばかりでは、どうやらなさそうである。




「お前はどうなんだ、グリリア?」

「え?」
「この組織は、好きですか?」


 同じ質問が返って来るとは。
 グリリアは目をぱちぱちさせて、驚いたような表情を見せている。


「は? 好きに決まってるだろ?」
「……」
「ボクは『自分で選んで』ここに来たんですから」
「……」
「お前と違ってさ」

 馬鹿馬鹿しいな。

「……グリリア、」
「何?」
「見るからに分かる嘘をつくな」
「え、嘘じゃないですよ?」
「………ああ、呆れた」



 アイゼンはようやく目を逸らし、
 いつもの【何も無い】表情に戻った。



******




 オフィス前。
 

 定時をとっくに過ぎているというのに、
 中にはまだまだ人の気配が残っている。

 皆、とっても仕事熱心。
 実に素晴らしい、ですね。


「さあて、この後一緒に飯でも食いに行くか?」
「待て」
「うん?」
「始末書」
「あーーっ……」
 

 グリリアはがっくりと膝を落とす。
 完全に頭から抜けていたようだ。

 

 そういえば「この後見たい映画がある」とか、
 言っていなかったか?
 

「どうせ、それも嘘だろ」
「ええ?」
「見たい映画がある、なんて」
「……ふふ」
 

 どうやらアイゼンは早い段階から
 それに気が付いていたようだ。
 

「どうして、わざわざそんな嘘をついた?」
「何故でしょう?」
 

 質問に質問で返すなよ。
 

「あの犯人の【音の変化】、聞いてたか、アイゼン?」
「え?」
「あの時の犯人の”反応”、思い出してみろよ」

 

 ……は?

 

「……うん?」
「忘れてやがんの、ははは」
「それがどうした」
「さあね」

 

 オフィスのドアを開けようとしたグリリアの右手を、反射的にアイゼンはつかんだ。

 

「なに?」
「……お前が何を考えているのか、
 俺にはよく分からない」
「『他人のことは他人には分からない』」
「え?」
「お前の、いつもの【お決まりの台詞】は?」
「……」

 

 ばっと、グリリアはその手を振りほどく。

 

「きっとお前には、」
「?」
「『ボクのことは一生分からない』よ」
「ああ?」

 

 それを聞いて、アイゼンはグリリアの頭を帽子ごと軽くぐしゃっと押さえた。

 

「っあ、何すんだよ」
「別に……」

 



 ……悔しい。

 他者理解は、やっぱり難しい。
 


 相手が何を考えているかなんて、
 本人以外が知る由もない。
 

 見るからに笑っていても、心は泣いている。
 見るからに泣いていても、心は笑っている。


 これくらい、よくあることだ。



 俺には、何が本当なのか、分からない。
 相手に「妙に疑いをかけること」しかできない。

 音に揺れが生じなければ、それがたとえ嘘であっても「本当だ」と捉えてしまう。

 

 全て筒抜け、というのは、恐ろしいだろうグリリア?

 でも、俺にとっては、その真意が分からない方がもっと恐ろしいんだよ。


「何が……、足りないんだろう」


 アイゼンは、犯人の前でやったのと同じように、
 また、ぽつりと小さく独り言を呟いた。