top of page

Episode.1-1

【scene.01】

​シーン01:

アルデベルト本部 - 取調室

Characters

-登場人物-

1496.jpg

No.1496

Eisen Angsting

1483_edited.jpg

No.1483

Griglia Adagio

Dammy_edited.jpg

Ormond

(Kapitän)

Dammy_edited.jpg

der Lehrer

 人は、簡単に嘘をつきます。

 あなたも生まれてからこれまで、
 いくらか嘘はついてきましたよね?

 

 例えば、

 何か自分自身に不都合がある場合、その場をやり過ごすためにとっさにつく嘘。

 怒られたり、相手に問い詰められるのを避ける、謂わば「自分を護るため」の、嘘。

 

 そうだ、好意を寄せている人間に気に入られるため、わざわざ「自分を偽る」なんてパターンもあるな。

 

 あと、相手を守る類いの嘘もありますね。
 この場合は嘘をついたとしても、なんとなくプラスに捉えられるような印象を受けます。

 

 子供に敢えて嘘を教える、
 なんてシーンもありますか。

 それでその子供が幸せになれるとお思いですか?

 

 おかしな話ですね、どれも同じ「嘘」なのに、場合によって良いだの悪いだの、印象が変わるんですか。

 ……




 あ、ああ、申し訳ございません、
 いきなり妙な話をしましたね。

 特に意味はないので忘れてもらって構いませんよ。

 

 いつも素直でいることの方が、
 結果的に人生上手くいくんじゃないですか。

 

 少なくとも、俺はそう思いますよ。
 

 何か、違いますか?



 ******



「また、嘘をつきましたね?」
 

 突然だが、ここは取調室、らしい。


 

 取調室というのは、おそらく、
 

【犯人と思わしき人間を追い詰めたり、事件の関係者に事情を伺ったりするために使う小さなお部屋】


 の総称である。
 

 この世界において、”このように答える”のが果たして正解なのかどうかは定かでないが。

 ”密閉された小さな空間”
 ”その中央と隅に、デスクが一つずつ”
 ”中央のデスクには、容疑者と警察官一名が向かい合って座っている”
 ”壁に一つだけぺたっと貼りついた窓からは、日が落ちているせいで陽の光が全く入ってこない”
 ”部屋の隅に、会話内容を書き出す「記録係」が一人座っている”

 

 これらの様子から察するに、
 少なくともこの場面では、


【一般的によく見かける使用方法】

 が適用されていると断言できそうだ。

 

 そう、ここは所謂「警察署」である。

 


「全てお話しした通りですよ?」
 

 本日の容疑者、仮に名前を
「レーラー」と呼ぶことにしましょう。


見た目と印象:
 四十代半ばの男性。体型は中肉中背。
 几帳面な性格であろうことは、綺麗に整えられたオールバックに切り揃えられた髭と、

 ヤスリで丁寧に丸く削られた両手の爪を見ればなんとなく想像はつく。

 服装に乱れはなく、見るからに高そうなスーツを普段着のようにすらっと着こなしている。

 言葉遣いから察するに、
 多分、育ちは悪くないのだろう。


 

罪状:
「誘拐」、及び「殺人」

 

 身代金目当ての誘拐が頻発していた中での、
 突然の犯人逮捕。

 

 全ての事件の犯人が彼だとは今の段階では断定できないが、

 今回のケースでは奇しくも人質を救うことが出来なかったようだ。

 

 状況証拠や供述内容からこの男が犯人であることに間違いは無さそうであるが、

 どうやら「ある地点」から話が進まなくなっている様子である。
 

 

「そうだ、弁護士と連絡をとらせてください」
「弁護士?」
「はい、お願いします」
「何故ですか?」
「送検される前にね、少しだけ
 話しておきたいことがあるんですよ」
「その前に、この場で本当のことを
 話してくださいますか?」
「……ですから、もう全て」
「全て話した?」
「はい」
「嘘ですよね、レーラーさん?」

 

 包み隠さず「全て」話しているはず。

 それなのに、この警察官は未だに
 疑いの目を逸らさない。


 

 警察官、といっても、まだたった十六年しか生きていない「少年」だ。
 人生経験も何もかも、100パーセント犯人の男より未熟で劣っているはず。

 

 レーラーはそんな相手に再三質問攻めをされた挙句、嘘だ嘘だと指摘され続け、

 いい加減頭に血が上りきっていたようだ。



 何なんだこの餓鬼は?
 私を誰だと思っている?

 

 名前は分からないものの、その少年は周りからは「1496番」と呼ばれていた。

 

 この場で個人名で呼ぶことは、
 どうやら許されていないらしい。

 

 

「これ以上、何を話せばご納得いただけます?」
「真実を話してくだされば、何も問題ありません」
「だから、私が殺したのはもう明白でしょう?」
「はい」
「証拠も揃っていますし、第一、
 私自身が認めているんですよ?」
「、……そうですね」
「早くこの場から解放してください」
「まだ解放はできません」
「……ああ、それはそうですが、ええ、
 早く『ここ』から出たいんですよ」

 

 言葉だけは丁寧さを保っていたが、レーラーの表情や仕草には、乱暴さが見え隠れし始めていた。

 

 揃えられていた足は徐々に緩み大股開き。
 右の足は貧乏ゆすりを始めている。

 

 せっかく綺麗な弧を描いていた爪は、がりがりと噛まれているせいで歪に変形してしまった。

 

 人は、精神的に追い詰められたり感情がコントロールできなくなると、

 だんだん普段のようには振る舞えなくなってくるのだろうか。


 

「嘘を重ねた分、無駄に罪が重くなりますよ」
「だから、嘘などついていな」
「ああ……、また、それが、嘘ですね?」

 

 若い警察官は手元の資料を眺めながら、犯人と目を合わせずに一定のトーンで話し続ける。

 

 人と話すとき、寧ろこのような「犯人から真実を引き出すシーン」において、
 相手の顔を全く見ないというのも、妙な光景だ。

 

 それは、単にこの少年が「他人に興味がないから」という理由もあるが、それだけではない。

 

 情報は紙面上だけで十分。
 必要な情報のみ脳に送り込めば問題なし。

 と、いったところか。

 じゃないと、情報過多になってパンクしてしまう。
「もう二度と会うことのない人間」のことなど、記憶するに値しない。

 

 

「話を整理しましょうか」

 

 それを聞いてレーラーは「これで何度目だ」と言いかけたが、その言葉を少年は待ってくれない。

 

「あなたは初め、
『身代金が目的で少女を誘拐した』
 と、言いました」

「ああ、そうですよ」

「でも実際の行動は
『用意された金は受け取らず、少女を殺害した』
 でした」

「……」
「何故ですか?」

 

 レーラーは机に、右手の人差し指をとんとんと打ち付けている。

 

「殺すつもりなどありませんでした」
「質問に対する答えがおかしいですよ」
「……」
「『何故、金を受け取りに来なかった』のですか?」
「……」
「お金が、欲しかったんでしょう?」
「………それどころでは」
「それどころではなかった?」
「はい」
「人質があなたに何かしましたか?」
「そう、ですね」

 

 一瞬だけ、少年は犯人の目を見た。
 ちらっと、目線が右上を向いていたのを見逃さない。

 

「具体的に何をされましたか?」
「……大声で、」
「大声で?」
「叫んで、」
「はい」
「逃げようとしたので、」
「はい」
「慌てて捕まえようとしたら、」
「嘘だ」

 相手を指差し、少年は次にこう質問してみた。

 

「あなたは『本当にお金が欲しかった』のですか?」
「あ、」
「あ?」

 

 この問い掛けに、犯人の「音楽」が突然ガチャンっと乱暴に跳ねる。
 
(やっぱり、ここに何かあるな?)

 

 と、思ったのも束の間。

 いよいよレーラーは腕を組み、
 目を閉じ口を噤んでしまった。

 


 本当は目の前の餓鬼を殴り飛ばしでもすれば
 少しは気が晴れるだろう。

 だが、暴行罪? 公務執行妨害?
 などと言われると厄介だ。

 ……まあ、私の権力を持ってすれば、
 それくらいどうにかなるか?

 いいや、ここは私のイメージが重要。
 

 それに、さっさと送検されて、
 そこで不起訴を勝ち取れば何も問題はない。

 だって、「ころすつもりなどなかった」のだから。


 

「もしもし、レーラーさん?」
「…………」

 

 黙秘。

 

「もしもし」
「……」
「ここまで来て、本格的に黙秘か」
「……」
「……」

 

 仕方がないので、少年は手元の資料を横に避け、暫く男の様子を観察することにしたようだ。

 “さっきから貧乏ゆすりばかり”

 “がたがたとこちらまで響いてきて、うるさい”
 ”これは、「不安」の感情……?”

 “時間が経ちすぎたか、ぴっちり固まっていた髪が、一部だけだらりと目元へ垂れてきている”

 “少し息が荒い。汗もかいている”

 “手を強く握りしめている”
 ”ああ、今にも机を強く叩きつけそうだ”

 “怒っているのか、焦っているのか、どっちだ?”


「何故、人は嘘をついて逃げようとするんでしょうか」
「……」

 


 ”……、困ったな”
 

 俺には、お前が何を隠しているのか、
 その「先」が分からないんだよ?

 

 ”早く吐いて楽になれよ”

 ”どうして、何故、逃げる?”

 


「……何が足りないんだろう」

 


 1496は、ぽつりと小さく、独り言を呟いた。



 ******



 意味を持たない時間が流れてしまった。



「あのさ、」



 部屋の隅で記録係を担っていたもう一人の少年が、しびれを切らして口を開いた。
 

「このまま動機が聞き出せないと、ボクたち、サービス残業に突入するんだよね〜」


 

 あまりに正直すぎるその台詞は、
 逆に犯人の興味を惹きつけたかもしれない。

 レーラーは顔を上げ、声のする方へ目線を向けた。

 部屋の時計は午後五時十秒前。
 

 この部屋に入ってから、
 気が付けば三時間近くが経過していたようだ。

 

 三

 

 二

 

 一。

 

 終業を知らせるチャイムが遠くから聞こえてくる。
 

「あ〜、1496番?」
「はい」
「今月これで何度目?」
「五度目、です」
「はぁぁ」

 

 大きく溜息をつきながら、記録係は乱暴にノートパソコンを閉じ、うーんと伸びをした。
 それからわざとらしく眉を八の字にして、困りきった表情を犯人に見せつける。

 

「……何?『お前らの残業の都合なんて知ったこっちゃない』だって?」

 

 そんなこと、言っていないだろうが。

 レーラーがそう言い返す前に、
 記録係はその場からさくっと立ち上がり、
 あっという間に犯人との距離を詰めてしまった。

 はっきりと見開いた大きな瞳で、
 ギロッと相手を睨みつける。

 その様子に、レーラーは少しだけ身を引いた。

 

 

「アンタみたいな無計画で衝動的な犯人がいるせいで、

 ボクたちがどれだけ無駄な労力を割かれているのか想像出来ますか?」
「?」
「ええ、出来ませんよね?

『自分のメンツを守るため』
 の無意味な黙秘なんて、するもんじゃないですよ」

 

 必要最低限しか話さない1496番に比べ、
 彼は五月蠅いくらいによく口が動いた。

 相手が年上だろうが身分が高かろうが、
 まるでお構い無しだ。

 それはつまり、良く言えば「怖いもの知らず」。
 悪く言えば、ただの考え無しの馬鹿野郎。


 

「私が”人質を衝動的に殺した”、と言うのか?」
「ああそうだよ、その通り」

 ぽかんとした表情の犯人を差し置いて、
 彼は台詞を続けた。

「完全に衝動的な犯行だ。
 呆れて物が言えません」
「……」
「というより、そもそも、」

『人質』ではなかったよな?

「え……」
「まぁとにかくさ、早く本当のことを話してくれ」
「……」
「今夜、一本見たい映画があってさぁ。
 早くしないと上映時間が過ぎちまう」

「……は?」

 記録係の話しぶりは、まるで、
 駄々をこねる幼い子供のようであった。


「さぁ、早くしてくれよ」
「……」
「早くしろって」


「……さっきから君は、何を根拠に
 そんなことを言っているのでしょう?」


 

 それを聞いて、今度は彼の方が
 犯人にぽかんとした表情を見せた。


 

「根拠ねえ……、そんなもの、ありませんよ」

 はあ?

「ボクは、アンタの『声』を聞いているだけだ」

 ……何を言ってる?

「だからボクの指摘には、何の効力もない」
「……」
「だから、ちゃんとアンタの口から全部吐けよ」

「1483番、」

 様子を目だけで追っていた1496であったが、流石にまずいと思ったのか、静かに彼の言葉を遮った。

 

「あなたは黙って記録を続けてくれますか」
「よく言うね、お前がもたついてるのが悪いんだ」
「だからといって、そのような」
「うるせぇよ、もう時間過ぎてんだよ!
 記録なんかするもんか!」

 

 場が一気にがちゃがちゃと騒がしくなる。


 

 動揺で不規則にゆらゆら動く犯人の旋律と、

「1483番」と呼ばれた少年の乱暴なパーカッションは全くマッチしない。

 ああ、気持ちが悪い、頭痛がする。

 1496は右のこめかみを押さえた。

「いいかレーラーさん、アンタが吐かないなら、
 ボクが一通り話してやってもいいんだぞ?」

 どういうことだ?

「さてどうする?
 自分で話すかボクに事実を晒されるか、選びな」
「……何を」
「遅い!」

 1483はバンッと強めに机を叩き、
 突然、犯人へ以下の文章を並べて見せた。


「”目的は彼女そのものだ”」
「”ずっと好きだったんだ”」
「”あの愛くるしい表情に、ぽってりとした唇”」
「”まだ熟していないその幼い身体”」
「”早く、手に入れたい……”」

「”早くしないと、ただの女に成長してしまう……”」


「ああ、ボクに何てこと言わせやがる」

 


「”攫ったのはその場の勢いだった”」
「”疲れて酔いつぶれていた私の前に、
 突然彼女が一人で現れたんだ”」
「”天使に見えたよ”」
「”私を癒してくれる、可愛い天使ちゃん……”」

「”彼女は何の疑いも持たず、私に手を引かれ、
 家まで来てくれたよ”」
「”子供は薬の効きが早い。
 あっという間に眠りについた”」
「”美味しい”」
「”彼女から溢れ出る濃厚な蜜は、
 私をすぐに虜にした!”」

「”綺麗な赤い血が、私に纏わりつく”」
「”おめでとう、君の初めては私の”」


「好きな相手とするセックスは、
 さぞかし楽しいんだろうな?」
「何を言っ」
「さぁねぇ?」


「”突然大声を出された私は、
 驚いてとっさに彼女の口を塞いだんだ”」

「”違う、違うよ? 怖くないから大丈夫”」

「”静かにしてくれ、これじゃあまるで……”」

「”私が君を襲っているみたいではないか!”」

 

 

「っははは」

 


「”気が付けば彼女は私を受け入れたまま、
 冷たく横たわっていました”」

 


「目の前に『裸で転がるおんなのこの死体』を見て、
 アンタ、もしかして……」


 もっと興奮したんじゃないのか?


「……」
「ああ……やっぱり……またヤッたな??」

 レーラーは完全に冷静さを失いつつある。

 瞳がぐらつき、明らかに動揺が隠せていない。

 口をぱくぱくとしているが、
 返す言葉は今の所思い付かない模様。

 何故、わたしのかくしていることがわかる?

「アンタは死体の処理と、この状況を回避するための良い策が思いつかなかったようだね」
「……」
「ちょうど最近、身代金目的の誘拐が結構世間を賑やかしていたな? それを利用しよう! だぁって?」
「待て……」
「もし捕まっても、金が欲しかっただけで殺意はなかった、で、逃げられると思った?」
「……」
「『人質に逃げられそうになったから勢い余って殺しちゃいました』とか、言ってましたね?」
「……」
「ふふ、ふ、ははは、バーカ! あっはははは!」

 

 笑い声が部屋に響き渡る。
 そして、彼は更にこう続けた。


 

「もしマスコミにエサにされたとしてもさあ、『誘拐殺人犯』と報道された方が、

 自分が実はペドフィリアだったと報じられるよりマシかもしれないよね」
 

 変なところで

 【レーラー(教師)】

 としてのメンツを気にしたのか?

「!」
「その優先度が? プライドが?
 ボクには理解できないですね!」


 この段階で犯人は椅子を蹴り倒し、
 1483へ掴みかかった。

 すかさず1496が止めに入るが、
 御構いなしで彼は台詞をつなげていく。


 

「攫うだけ攫って、ヤるだけやったらどこかに遺体を捨てちゃえば良かったのに。
 上手くいけば、誰にもバレなかったかもしれないよ?
 組織はそんなに優秀でもないから、上手く証拠隠滅でもすれば完全犯罪で片付いたかもね。
 まあ、ボクらがそうはさせないけど?」

 

 ここで一発、犯人は遂に相手の顔を殴った。


 

「いってぇ、殴ったな……!」


 

 ぺっと血を吐き捨てて、尚も喋るのをやめない。


 

「そうか、別の事件と結びつけた方が『真犯人に指示された』とか、何とでも言えるから?
 流石に無理がありすぎませんか?
 無計画すぎる上にとんでもねぇ発想だな?
 そう、そうか、へえ、動揺したから……
 そういうこと、ははは、へえ、そうですか。
 だからあっさり捕まっちゃった訳だ、へえ……」


 

 犯人は汚らしく叫んだ。


 

「さっきから何だ貴様は!!!」
「え〜?」
「このクソ餓鬼が!!」


「それが、せんせーの本性ですか?」


 どうしてそうやって煽るのか。


 

「そこまで言うのであれば……
 証拠はあるんだろうな!?」
「ないよ?」
「あ!?」

 ふざけるな!

「こ、こんなの、立派な名誉毀損だ!」
「まぁ、あるとしたら……」

 アンタのその態度が一番の証拠かな。

「ふざけるな!!!」
「でも、事実でしょう?」
「早く弁護士を呼べ!! 私は何も話さないぞ!!」

「ちゃんと吐いてくださいよレーラーさん?
 自分の口から包み隠さず……」

 


 こう言いかけたとき、突然、
 部屋中に大きなサイレンが鳴り響いた。

 三人は揃って耳を押さえる。


「そこまでにしろ、1483番」

 

 サイレンが鳴り止むとすぐに、大柄な男が
 部屋の重い扉を軽々と開けて中に入ってきた。

 1483は「やばい」と、
 誰にも聞こえないように小さく呟いた。


 

「1496番、貴様は何故止めない?」
「止めましたが、」

 1496はすぐ立ち直り声の主へ返事をしたが、言い終わる前に相手のその大きな右手で頬を張り倒された。

 続けて、元の記録係のポジションへ座り直そうとした1483を、男は強めの力で壁に押し付けた。
 ドンッと鈍い音を鳴らして、壁に頭がぶつかる。

「貴様は何の根拠もなく想像で話を進めて、
 一体何がしたいんだ?」
「いっ………」
「両名、後で始末書を提出しろ。今日中に」

 この男、オルモンド兵長は
 ”養成所のこども”に全く容赦がない。


 二人共、もう一発ずつ無駄に鳩尾を蹴りあげられた。

「返事は?」

「っ……しょうちいたしました、兵長殿」

「1483も、返事」

「………わかりましたぁ」

 オルモンドはこどもたちに一通り体罰を与えると、
 先程まで1496が座っていた椅子に腰掛け、
 犯人と向き合った。

 

「申し訳ございませんレーラー殿、
 この若い阿呆共が、失礼をいたしました。
 しっかり教育しておきますのでお許しを」


 

 わざとらしく笑顔を作り、
 少し高めの声色で言葉を交わし始める。

 兵長の犯人に対する妙な丁寧さ加減が、
 二人とも嫌いだった。

 今回は「どんな理由で」
 そんなに下手に出ているのですか?

 相手はひとごろし、だぞ?

「もう私は何も話しませんよ!」
「ええ、それで全く大丈夫です。
 もう罪は認めていらっしゃるのですから」
「そうだ! それなのにこの……!」


 何か色々と暴言を吐き散らかしているが、
 わざわざ文字にするようなことでもないだろう。


「この後然るべき機関へお送りしますが、
 ご準備は宜しいでしょうか」
「準備も何も、私は逃げもしないし隠れもしない。
 事実も、もうとっくに話したのだから」
「ええ、そうです、そうです」

 うんうん、と、兵長殿は静かに頷いている。
 レーラー殿の息も整ったようだ。

「送検前に、弁護士とお話ししたいのですが」
「はい、もちろん、時間はまだございますので……」

 聞いてられねえな!

 記録係”だった”少年はもう何も聞こえないように、
 ぐっと、強く「目を閉じた」。


 


 ******



 レーラーは部屋から出されると、そのまま本部の人間に連れられ、遠くへ消えて行った。

 取調室は消灯。
 まだ、中に二名残っているのに。


 

「………馬鹿野郎が」


 

 誰が聞いているやも分からないのに、
 1483は小さく悪態をついた。

 ゆっくり立ち上がろうとしたが、
 まだ少しだけふらつく様子だ。


 

「この場合誰が馬鹿野郎か、教えてやろうか?」

 相手の顔を見ずに、1496は口だけ動かす。

「……ボクが馬鹿だって言いたいのか?」


 

 電気が消えることで、いよいよ外は日が落ちていることに気付かされる。
 暖房器具もないこの場所に長居すると、容易に風邪をひいてしまいそうだ。


 

「お前こそ、『無計画で衝動的』だ」
「……」

「感情的になるな。それが、お前の悪いところ」

「……」
 
 何か反論は?

「……ボクは何も悪くない」
「はあ」
「悪いのは、アイツだ」
「そうだな、犯人が悪いのには、間違いない」
「だったら……」
「俺が今言った『悪い』は、犯罪に対しての話」
「……」
「あの場では、」

 言い終わる前に、1483は乱暴に椅子を蹴飛ばした。
 先程犯人がやったのと同じように。

「……ああ、そうだよ、ボクが悪かったねえ!」
「……」
「アナタが正しいですよ、アイゼンさん」
「……グリリア、」
「ああ、はい、何ですか?」
「……怒らないでくれるか」
「怒ってねぇよ」
「……」
「畜生、……」

 アイゼンに”至極真っ当な指摘”をされ、
 グリリアはわざと聞こえるよう舌打ちをした。

bottom of page