Episode.1-1

【scene:04】

​シーン04:

アルデベルト養成所 - 寮の一室

Characters

-登場人物-

1496.jpg

No.1496

Eisen Angsting

1483_edited.jpg

No.1483

Griglia Adagio

 毎日毎日……
 

 ああ、なんと情けないことか。



 余計なことは考えるな。

 与えられた仕事を黙ってこなしていれば、
 それで良いのに。

 


 口答えする権利など無い。
 何があっても黙っていろ。


 抵抗するな、逆らうな。


 さすれば、苦しむことなど、ないだろう。



 そう、これは「仕事」なんだ。

 そして、「教育」だ。



 立派な警察官……、いや、

【立派な人間】へ成長するために、必要な時間と空間。



 這いずり回れ。
 懸命に生きてみろ。

 極限までもがけ。

 そして、生き残れ。


 ここは、”そういう場所”だ。



 いい加減、気が付いたらどうだ?

 





 ……、俺は、一体何を言っている?



 そんな覚悟の上でこの場所にいる人間など、
 ”余程の経験でもしない限り”、存在しない。



 表現が極端過ぎる。

 ここは、それほど過酷な場所ではない。
 ただの学校、なんだろ?



 だから、「命を懸ける」なんて、大袈裟。


 それに、本来「自分の命は自分のために使うもの」
 一体この場所で、何に命を懸ける必要がある?




 ………ああ、そうか……なるほど?



 この命が

【自らのために存在している】

 などという発想自体が、
 そもそも烏滸がましいって言うんだな?



「命の使い道」
「選択する権利」



 これらは初めから俺たちには与えられていないと?



「お前”は”、分かっててここへ来たんじゃないのか?」

 違う。

「お前らの命なんて、ただの使い捨てなんだよ?」

 違う、違う。



 自分のために生きて、何が悪い?


 いいか? 俺たちはまだ、
 人生の酸いも甘いも知らない、ただの餓鬼だ。

「国のために命を懸ける」なんて、
 理解できる訳がないだろう?

 あの「何も考えていない呑気な奴ら」を見たか?
 何も知らない、何も、分かっちゃいないんだよ。




「お前、もしかして、反抗する気か?」


 …………

 違い、ます。




「皆と同じ方を向くだけじゃないか、簡単だよ?」


 同じ方を向いて……


「それはね、とっても悦ばしいことなんだよ」
「悩むことなど、一切無くなります」


 同調すれば……



「きっと気持ちが良いよ?」
「さあ、貴方もこっちを向いて?」





 ああ、やっぱり、そうだ。

 選択肢なんて最初から無かったんだよ。



 だから、”俺の意思ではない”。


 気が付けば、こんな”窮屈な場所”に
 勝手に身を繋がれていたんだ。



「窮屈?」

 


 狭くて、苦しくて、何でも強いられる。
 そこでは、全てを受け入れなければならない。


 そんな場所を”窮屈な”と形容しても、
 何ら違和感はないだろう?


 言われた通りに動くしか、最早、術がない。
 報酬という「餌」のためなら、何だって……



 まるで俺は、調教中の「狗」のよう、かもしれない。


 第三者からどう見えようが、知ったこっちゃない。




「全部”自分のせい”だろ」
「そこにはまだ、気が付いてないんだね?」




 ……………、”自分のせい”だって?



 今、身の回りで起こっている「現実」は、
 全部、自分が引き寄せた「結果」だと?


 全部、俺自身が悪いと言いたいのか。



 俺が一体、何をした……?




「嫌なら、逃げりゃいいのに」



 そうだ、自分の身は、自分で守るしかない。
 逃げることは、決して【悪】ではない。


 逃げても許されるのであれば、
 今からでも逃げてやるよ。



 でも。


 逃げられるのか?

 今更、自分の足で歩けるか?



「いいよ、解放してあげようか?」
「ほら、逃げてみろ?」



 それが容易くできるのであれば、
 すぐにでもやっているよ。


 俺はもう、”自らの意思”では、
 逃げられないところまで来て……




だったら諦めろ!

黙って言うことを聞け!

主人は絶対だ!


さあ動け、働け、その身を捧げろ!


今のこの状況を、存分に楽しむが良い!

 




 ……あああ、何、何だ…


 いつも感じる漠然とした【不安や恐怖】と、
 執拗なまでの【煽り】。


 大袈裟か? これは、大袈裟なのか?



 俺は一体、何が不安だ?


 何、何だ、何が恐ろしい?

 




 どうした?

 何かお悩みでも?
 

 1496番、自分の口で言ってみろ?


 何がしたい? どうなりたい?


 さあさあ、言ってみろ?

 言え、言えって、さあ、ほら、ほら早く!



「っああ、……嫌だ…!」



 考えたくもない、……のに、
 ぐるぐると勝手に頭の中を駆けずり回る。



 こんなに苦しむくらいなら……





【朱に交われば、自然とお前も赤く染まる】

 


 あなたたちの国では、
 こんな言い方をするんですか。

 


 俺は、赤く染まってしまうべきでしょうか?



 さっさと流れに身を委ねてしまえば、楽になる。

 言われた通りに、何でも。


 俺の意思じゃない。
 全ては、成り行き任せ……





 ああ、駄目だ、駄目だ駄目だ!

 本当はそれじゃあ駄目なんだ!




『お前は、この組織が好きか?』
 



 嗚呼、出て行け、煩わしい!

 



 頭が痛い、胸が苦しい、息が、できない。



 毎日、毎日……



 

 どうすれば、楽になれるのでしょうか。




******



 

23:20—




「……アイゼン、」



 それは、二段ベッドの上の段から聞こえてきた。
 名を呼ばれたが、返事が出来ない。



「戻って来いよ、いい加減……」
 


 不規則なメロディと、勢いを失った音符の行進。
 相手の音楽が”分かりやすく”乱れている。

 

 具合でも悪いのか?

 

「違うよ」

 

 じゃあ、どうした?

 

「それはこっちの台詞」

 

 え?

 

「さっきから……何?」

 

 ???

 


「静かにしろ、アイゼン」
 


 ああ、そうか。
 俺の声が聞こえるんだな、勝手に。

 

 直接言葉を交わさなくとも、彼には
 俺が何を考えているのか、”全て筒抜け”だ。


 

「そろそろ黙れって、……マジで」

 

 無心になれ、というのは流石に無理だ。
 何かしら頭では考えてしまう。


 

「それは分かるけどさ……」

 

 じゃあ、部屋から出て行けと?

 

「いや、……そういうことじゃない」

 

 いいよ、出て行くから。

 

「ああ、もう、違う!」
「?」
「考えてないで、『普通に喋れ』」


 

 全て言葉にしろと?

 

「そうだよ」
「そうですか?」
「そうですよ!」
「……はい、分かりました」
「……」




 慣れた訳ではない。

 ”俺の「声」が、勝手に相手の耳へ届いてしまう”


 こちらこそ、全て筒抜けなど、
 たまったものではない。

 望んでもいないのに、全て、
 曝け出しているようなものだから。


 できれば、遠慮したい。

 なんと「非現実的」で、「可笑しな話」。



 ………ただ、


 ”自分の意思とは反して”、ずっと何かが聞こえた状態
 というのは、流石に辛いのではないか。

 そこだけは、情ではない共感ができる。
 俺も、似たようなものだから。



 うーんと、伸びをする声が聞こえる。

 それから間もなく、グリリアはベッドから
 さくさくと下へ降りてきた。


「あぁ、まだイライラする……」


 

 大きめの溜息をつきながら、
 グリリアは冷蔵庫から水とミルクを取り出した。

 先に、持ち手の付いたカップへミルクを注ぎ、
 電子レンジで温め始める。

 そこで、小さなあくびを一つ。


 俺の目は、勝手に彼の動きを追いかけていた。




「あの二人、今度の実習でボコボコにしてやる……」


 白と黒。


「……悪かったな、俺が不甲斐ないばかりに」


 今日はいつもより”面倒があり過ぎた”。
 かもしれない。


「アイゼンさんよ、」
「?」
「そこは謝るところじゃないからな?」
「……え?」


 

 今度はガラスのコップに水を注ぎ、
 すぐにざっと飲み込んだ後、
 近くの机にカンッと乱暴に置いたのが見えた。


 

「されっぱなしじゃあ我慢ならねぇんだよ、ボクが」
「お前が何かされた訳じゃないのに?」
「それ、関係ないから」


 

 ”人助けに理由など必要ない”
 

 というやつか。
 


「あーー、そう、そんな感じ?」
「なぜ、疑問系?」
「理由なんて考えたことねぇもん」
「……」


 


 ピピッと、レンジが止まった。
 

 がちゃっと扉を開けた途端、
 室温が低いせいで、湯気が無駄に大きく溢れ出す。

 

 ぽとっと、角砂糖を三つ、
 カップへ放り込んだのが見えた。


 

「ほら、飲めよ」



 スプーンでぐるぐると雑にかき混ぜた後、
 グリリアは出来上がったそれを俺に突き出した。


 

「……」
「飲めって!」
「あ、ああ……分かった」



 零さないように、俺は、そのカップを
 両手で受け取った。



 温かい。



 ちょうど良い温もりが、
 一瞬で両手から体全体へ広がっていく。


 

 甘くて落ち着く……、良い香り。



 かき混ぜた余韻が、
 ミルクの表面で綺麗に円を描いている。



 ぐるぐる、ぐるり。


 

 ああ、溶けて、消えていく……

 



——



「……グリリア、」
「うん?」
「質問」
「何?」


 

【どうしてお前は、他人のために動けるんだ?】



「は? ……え、何だそれ?」

 

 突然、彼の弱っていた音符が、踊り始める。
 元気の良い、陽の感情。


 

「何がおかしい?」
「え、いや、別に?……はははっ」

 

 もしかして、
 

「今のは”当たり前のこと”、か?」
「当たり前?? あっははは!」


 

 自分のことでもないのに、
 まるで自分のことのように熱くなれる。

 

 何故?
 

 よく分からない。



 それが【普通の人間】、ってことか?




「待って待って、」
「?」
「なんだその、まるで」

【自分が普通の人間ではない】

「みたいな考え方は」
「……そんなことは」
「あっははは!」
「……」
「ああ、もう、変な奴だなぁ」
「変、なのか?」
「やっぱ変わってる、お前」


 

 ああおかしいおかしい、と言いながら、
 グリリアは暫く一人で笑っていた。

 


 ”何故、俺は笑われているのか”
 


 きっとこの先も、俺にそれが分かる瞬間など来ない。
「ボクのことは一生分からない」そうだから。


 

 難しい……

 一番近くにいる人間のことすら理解できない。

 一番近くの……

 





 俺は、先程1460番に蹴られた頬を
 何となく触ってみた。

 ”この程度”の擦り傷くらいどうってことはない。
 すぐ治る。


 怪我の治りの早さには、無駄に自信がある。
 明日にはきっと、跡形もない。


 

 奴らのやったことは、見える形では、残らない。




 ……どうして奴らは「あんなに余裕を持って」
 この場所にいるのだろう。


 恐らく「好きでここにいる」訳ではないだろうに。
 


【朱に交わっている】、ようには、見えない。



 楽をする方法を知っているから?
 怒られることに抵抗がないから?


 うまく躱すための、”抜け道”を知っている?
 まるで、今日対峙したあの「犯人」のように。



 ……逃げる術、を、知っているから?

 


 やっぱり、不真面目な方が何でも得をする。
 ……の、だろうか。


「自分は真面目なのに、だって?」
「そうは言ってない」
「ふふふ」


 

 同じ立場、境遇の筈なのに、
 こうも立ち居振る舞いに差が生じるとは。

 やはり奴らは”同じ生き物ではない”のだろう。


 

 それが、何だか無性に腹が立つ。

 

 一体何のために、”こんな場所”にいるんだ?

 


「バーカ」
「?」
「きっとアイツらが、」

【ヌルい任務】

「しかやって来なかったからだろ」
「……」

「じゃないと、あんなに調子に乗れねぇよ」
「ヌルい任務……?」
「そう、……あ、意味、分かるか?」

 

 さあ、分からない。
 

「分かんねぇモンかな……」
「具体例を」
「例えば、……」
「はい」
「体を張って任務に挑んだり、」
「はい」
「命を、」

 


 命を?
 


「命を落としそうな目に遭ったり、
 ……したことがねぇんだろうよ」


 


 一瞬、明らかに言葉を詰まらせたのが分かる。
 途端に、調性は平行調へ移動した。

 

 感情の移り変わりが忙しないな、相変わらず。
 



 ヌルい任務、と言ったな。
 

「つまり【危険度が低い任務】、ということか?」
「そうそう、それ」

 


 そう、……誰がどのような任務に当てられるのか、
 事前に予測できるはずがない。

 

「いつ/どこで/何が」起きるかなど、分かるものか。
 

 ヒトの数ほど、何かが起きる。
 


 それに、全ては”決められた順番”に回ってくる。
「難易度の高低」など、お構いなし。

 

 理不尽で偏った教育だな、全く。
 


「まぁ、どうせ……」
「?」
「アイツらが【かいぶつ】にでも出くわしたら、」
「はい」
「尻尾巻いてすぐ逃げ出すか、死ぬか、だろうけど」
「ああ……」
「一回遭ってみりゃ分かんだよ、なあ?」

 


 ……なるほど。

 

【かいぶつにでも出くわしたら】

 

 その場合、本来人間は”死ぬ”、ものなんだな?




 だったら。

 


 死 ね ば い い の に


 

 


「……、アイゼン」
「はい」
「冗談でも言うなよ? そういうことは」
「俺は何も言ってない」
「あっそう」
「それに、」


 

 俺は、嘘をつかないよ?
 


「……お前ってさあ、」
「はい」
「たまにボクより”過激”だよね」
「何が?」
「さぁ……ふふふ」


 

 軽快にスキップを繰り返す、
 細かくて可愛い音符の数々。

 

 短調から、すぐに長調へ逆戻り。
 

 グリリアは、くすくすと笑う。
 実に「意地が悪そうな音」の流れだった。



——



「アイゼン?」
「はい」
「何してる、早く飲めよ?」
「あ、……はい」
「飲んでさっさと寝ろ」
​「……」




 俺はカップのミルクをするっと飲み干して、
 右手の親指で、唇を拭った。


 

 甘い。
 

 今の俺には、丁度良い。



******
 

1:35—

 


「……、アイゼン、」
「はい」
「まだ、寝ないのか?」
「寝られない」

 


 今日一日が長くて、長くて、疲れているというのに
 気味が悪いくらいに目が冴えている。

 

 体は暖かい。

 目を閉じれば、
 すぐにでも眠りに落ちそうだ。


 

 それなのに。

 

 体は睡眠を求めていても、
 どうも「脳」がそれを許してくれない。


 

 もう、時間は日を跨いでから暫く経ったはずだ。
 敢えて時計を見ていないが、体感で、なんとなく。



 

 寝たら、明日が来てしまう。
 今日ではない、新しい一日が始まってしまう。


 全てリセットされて、また、初めから?
 同じことの繰り返しなのか?


 怖い。


 

 目を閉じて、次に開いたときには、
 辺り一面が真っ白に輝いていることだろう。

 ”新しい朝が来たよ”


 それを「綺麗だ」と感じたことは、
 ここへ来てからまだ一度もない。


 


 黙っていると、何かが蘇ってくる。
 

 怖い。
 


 ぐるぐる、ぐるぐると、同じ考えが回る。

 



「ああ、ボクも一緒、寝られない」


 嘘だ。


「ん?」

 


 体力も限界だろ?
 俺のせいで起こしたようなものだ。

 音の様子で分かるんだよ、それだけは。

 


「まぁ……そこは気にすんな」
「悪い」
「でもさあ、」
「?」
「ちゃんと寝なきゃ、明日、死ぬよね」
「死ぬ?」
「そう、死ぬ」

 

 俺と、お前が?
 

「はぁ?」
 

 ”睡眠不足で稼働に支障が出る”

「って意味だよ」

「……そういう意味か…」
「え、他にどんな意味が?」
「言葉通りの意味かと」
「なんでそうなる」


 


【明日死ぬ】



 俺たちにとってそれは、
 特別珍しいものではない。

 というより。

 誰であっても不思議な話ではないだろう。


 

 人間、いつかは死ぬ。

 それが、もしかしたら明日……
 かもしれないじゃないか。


 それに。

 

 ”こんな場所”にいては、
 より「死」は身近だろう。


 訓練中? 任務中?

 まさか、過労で死ぬなんてことは?

 


 ……これは、大袈裟な考え方か?

 


「アイゼン、」
「はい」
「今日は”いつも以上に”、変だな?」
「?」
「結論が【死】に偏ってるよ」
「……」
「馬鹿か、何に引っ張られてる?」
「……ん…」



——



「死にたいのか? はははっ」


 上のベッドの縁から、
 グリリアはひょっこりと顔を出した。


 逆さま。
 

 いつも見ている方向と逆の状態で人間の顔を見ると、まるで印象が違って見える。

 

 一瞬、誰か分からなかった。

 怖い。


 


「俺の、何が変だ?」
「心」


 

 こころ……



「可能性は二つかな?」




【殺人犯を目の前にしちゃったから?】


 それとも、


【あいつらに”全否定”されちゃったから?】
 



「……」
「あ、まさか、両方?」



 俺はただ、言われたことをやっていただけ。

 取り調べ、矛盾の追求。

 その時やらねばならなかったこと、だから。

 

 それから、……それから?



『真面目って大変だよね〜』
『それな』
『絶対バカ見るだけじゃん?』
『そもそもコイツ、なんて名前だっけ?』
『あ、忘れた〜』



「……俺は”あれしきの事”では、動揺しない」
「だいぶ揺さぶられてるクセに」
「……」
「おお、すげぇ怖い顔」


 指摘されて、俺は自分で自分の顔を触った。
 何も分かることはないが。


 


 ”こんなところで何をしているのか”


 
 こう思った途端、要らない「妄想」が、
 頭を駆け抜けていく。


 

 何故、俺は、ここにいる?
 何故、俺は、ここへ来た?


 

 普通の学校だって、あるじゃないか。
 どうして俺は、この場所を選んだ?


 

 ………選んだ?

 

 選んでない、選んでいないよ。

 俺は「何もしていない」。

 それなのに、それなのに。


 何故、何の為に、
 ”こんな場所”で、”こんな目”に遭っている?


 金か、金の為か?
 地位、名誉の為か?


 誰のせい、なんだ?



——


 


「っ……はっ…………」


 また、勝手に息が上がってくる。
 余計なことなど、考えなければいいのに。


「……どうした?」

「……」
「こっち向けよ」
「……」
「ボクの顔を見ろ」


 そのまっすぐな瞳に、俺の顔が映っている。

 ああ、なんて、面白い顔なんだ……
 情けなくて、噴き出してしまうよ。


「ふふ、ふ……」
「え?」
「ははは、っははは……!」
「……ボクは、お前に何ができる?」

「あっははははは!」
「なぁ、アイゼン?」



 何か理由をつけないと、落ち着かない?



 

——

 


「アイゼン、」
「何だ?」
「お前は、この組織が好きか?」
「それは、聞く相手を間違えていますね」
「はは、そっか」
「俺はこの場所を好きか嫌いかで考えたことはない」
「へえ、そう」


 


——
 


何かがこみ上げてくる。
気持ちが悪い「何か」。


でも、これを吐き出せば、
何となく気持ち良くなれる気がする。


——




「……グリリア、」
「はい?」
「お前は、この場所が"嫌い"なのか?」


 

 さっきから似た会話の繰り返し。

 同じことばかり、ぐるぐる、ぐるぐる。


 

「嫌いか? と聞かれると、嫌いだ」

 

 じゃあ、好きかと聞かれると?

 

「好きだよ」

 

 嘘ばっかりだ……

 

「嘘じゃねぇって」
「嘘だ」
「それより」
「?」
「お前こそ、嘘ついてんじゃねぇか?」
「え?」


 

 本当は、この組織が?

 

「……いや、違う」
「何が?」
「俺はこの場所を好きか嫌いかで考えたことは」
「はははっ! さっきも聞いたって、バーカ」


 

 何が馬鹿だ。

 何故、俺は、いつもそんな風に
 笑われなければならない。


 


「お前ってさ、もしかして」


【居場所を奪われるのが怖い】

 


 居場所……?
 


「……」
「馬鹿だな、誰に、何を求めてやがる?」
「……俺は」
「だから、”こんな場所”でも身を置いてるって?」
「違う」
「違わないね」
「違う!!」



 

 キーンっと、軽い耳鳴り。


 そして、音が止んだ。

 突然、何も聞こえない。

 静寂。

 


『逃げたいなら、逃げりゃいいんだよ』

 


 そうだ、逃げるのは罪じゃない。


 って。


 逃げて、逃げて。
 ああ……、それからどうする?

 


『ほうら、逃げてみな?』

 ?……

『ほら、ほらほら、逃げてみな??』



 重たい。

 そうやって押さえつけられては、
 身動きが取れないじゃないか。

 


『ハハハ、どうしたぁ……1496番?』
 


 なんだその笑顔は?

 そんな笑い方が出来るのか、お前は?

 俺をそうやって馬鹿にして、楽しいか?
 


『楽しいよ?』


 こんな俺を見て、そんなに楽しいか?


『そう、滑稽だ、ふふふ』



 苦しい。
 息が詰まる。

 こわい。



 ははは、あははははは



 笑うな、笑うなよ……!



 ああ、毎日毎日、なんて惨めなんだ。

 1496番

 俺は、そんな名前ではない。
 母からもらった大事な名があるのに。


 ……




 

 かなしい………

 

 毎日、毎日、こんな思いをするくらいなら、
 もういっそ、このまま、

 


 


——




「っぐ……」



 死ねばいいのに。



「ガ……ぁ、あ……」


 死ねばいいのに。
 死ねばいいのに。


「……」
「、……っ……」



 みしみしと軋む、骨の感覚。

 両手に力が入る。

 お前、思ったより首が細いんだな?



 そう、いい顔だ……

 


「っ……待て…………って!」
「?」
「何すんだっ!!」

 


 ドンッと、強めに突き飛ばされる。



 痛みが現実へと引き戻す。


 ああ、驚いた。
 俺は今、誰と、何をしていた?


 自分で、自分の両手を見る。

 痛い。
 指の骨が軋んでいる。


 この手は、今?


 


「はっ……げほっ……」
「?」
「あぁっ、……勘弁してくれ!」
「……」
「…っ……し、死ぬかと思った……!」

 


 俺は何処にいる?

 俺が寝ているはずの場所に、お前がいる。

 


 乱れた髪、と、はだけた服。
 荒い息に、ぐしゃっと頭を掻く動作。

 頬が赤い。
 口の端から微量に溢れる唾液……

 


 ああ、? 何?

 

「てめぇ……ボクを殺す気か……!」
「……?」
「この……、馬鹿が!」


 

 状況がよく飲み込めないが、もしかすると、

 ”あまりよくないこと”

 を、していたのかもしれない。



「……、……?」
「お前は”ここ”に何か飼ってんのか? あ?」

 

 こつんと、頭を叩かれる。
 

「頭に……」
「あぁ……っもう!」


 

 グリリアは右手で俺の頭の後ろをがっと掴むと、
 そのままぐいっと、自分の方へ引き寄せた。


 

「あのなぁ、アイゼンさんよ」
「はい」
「落ち着いてください?」
「……はい」
「何が不安で、何が怖いか知ったこっちゃねぇ」
「はい」
「ボクがいるのを忘れないでいただけます?」
「……?」


 どういう意味だろう。

 

 忘れてなんて、いるものか。
 お前は俺の、大切な、"相棒"……だ。

 


「だったら、」
「はい」



「一人で抱えてんじゃねぇよ!!」


 


 ぎゅうっと、痛いくらいに抱き締められる。
 これくらい近付ける人間は、そういない。


 

 温かい。


 

「いいか、アイゼン」
「はい」
「お前がおかしくなったら、ボクが助けてやるから」
「はい」
「お前がおかしくなる前に、引き留めてやるから」
「はい」
「いちいち不安がるな、馬鹿野郎」

 


 分からない。


 どうして他人のためにそんなに熱くなれる?



「グリリア……」
「何だよ!」
「い……、痛い…」
「うるせぇ!」



 どさっと、そのまま布団へ押し付けられた。


 全く、結局は力ずくか。
 乱暴な奴め。


「誰のせいだよ!」
「……」

「いいから、このまま寝ろ!」
「……っえ?」
「寝ろ!」
「……」


「”1496番、眠れ”」


 

 その台詞一つで、俺は一気にストンと意識を失う。

 

「”はい、わかりました”」

 

 寝ろと、命令されたから、かもしれない。

 簡単、じゃないか。







『いつになったらボクの意見に賛同してくれるのかな』


 意識をなくす直前、何となく、
 こう聞こえた気がした。


「……やっぱり、お前に言っても、無駄か」




******




 

6:50—




「あ、死んだ」

 

 ふと、グリリアのその声で目が覚める。



「…………あーーっ! 死んだ!」



 その絶叫と共に、グリリアはストッと、
 上の段から床に降りてきた。


 生きてるじゃないか。



「おいアイゼン、いつまで寝てる!?」



 起きてるよ?



「時間!!!」

 

 時間……

 

「あ、」
「おい、マジで死ぬのはゴメンだぞ!」

 睡眠不足で?

「違うーー!」
「何をもって死ぬんだよ、じゃあ」
「分かんないかなぁ?!」

 分からない、けど、

「きっと死なないだろ、遅刻したくらいでは」
「分かってんじゃないか!?」


 

 朝礼は、いつも朝の……


 そう、完全に遅刻だな。



 

 ばさっと、新しい白カッターを羽織ってから、
 机の上のパンを、グリリアは俺に向かって投げた。



「食え!」
「いらない」


 空腹は特に感じていないんだが。


「食えって!」
「……」
「一口でいいから!」
「……分かりました」

 

 ぶちっと、言われた通り一口だけそれを齧って、
 そのままグリリアへ返した。

 

「なんで返す!?」
「いらないから」
「全くお前って奴は……!!」
「?」
「倒れても知らねぇからな!」


 

 そういえば、一度栄養失調というもので
 倒れたことがあったような。


 …………


 

「……分かった、食べるよ」

 

 返したパンを自ら取り上げて、
 俺は続きを口に咥えた。



「次の日の服装」で寝るようにすれば、
 わざわざ改めて着替えなくて済む。

 

 時短、というやつだ。
 前にグリリアが、そう言っていた。


 ズボンへベルトを通し、服のボタンを留め、

 とんっと靴のつま先を床に打ち付ける。

 これで、”いつもの自分”の出来上がり。

 


 ここまでに要した時間はおよそ二分。
 早いのか、遅いのか、基準はよく分からない。

 むしろ、パンを噛み潰す方に時間が掛かっている。



 ふと、目が合った。


 何故、お前はそんなぽかんとした顔で
 俺を見ている?


「何だ?」
「……逆に調子狂うね…」
「何が?」
「そうやって普通に食ってるの見るとさ……」
「変か?」
「いいや、別に……」

 

 それより、


「グリリア、」
「な、なに?」
「止まってると、死ぬんじゃないのか?」
「………っあーー!!!」



 いちいち声もリアクションも大きい奴だな。
 もうそれには慣れたが。



「っ誰のせいだよ!」



 は? 俺のせい?



「そうだよ!」
「なぜ?」
「うるせぇ! ほら、早く!」


 

 グリリアは自分の右手で俺の左手をがっと掴むと、
 そのまま勢いよく部屋から飛び出した。

 

 いつもはバラバラにオフィスへ向かっているのに、
 今日は何故一緒に?

 


 なんとも、忙しない朝だ。


 相変わらず足が速い。

 そんなに強く引っ張られると腕が抜けてしまうよ。



「何を誰に向かって呑気に解説してんだよ」
「速い」
「お前が遅いんだ!」
「そんなことは」
「ある!!」




——



 ああ、……今日も”残念ながら”、生きている。


 

 今日もきっと、他人の都合に振り回されてばかり。
 なんと、情けないことか。



 全ては、俺の意思ではない。



 これからも”こんな場所”で。

 他人に使われながら、
 他人を満足させるために、

 俺は動き続けるのだろう。



「ええ、何でもやりましょう」
 


 俺みたいな「狗」でもお役に立てるのであれば
 いくらでも身を捧げましょう。



 敷かれたレールに、決められた道筋。

 そこから外れなければ、
 平和に過ごせるのでしょう?

 黙って何にでも従っていれば、
 明るい将来が約束されているのでしょう?



 どうせやらされ仕事だ。
 責任なんて、持ちませんよ?



【誰かに/何かに従って生きる】


 自分では、何も考えなくて良い。
 難しいことなど一切……



 ああ、とっても、楽だ……
 


 それに、頑張れば、頑張れば、
 甘い褒美だってもらえるんだ。



 ……楽しい、なんて楽しい時間なんだ。

 悦ばしくて、幸せな




——



 

 

 ほら、また、何かに思考が支配されそうになる。
 だから俺は「馬鹿野郎」なんだ。

 



 何が楽しくて、何が嬉しくて、
 ”こんな場所”に身を置いているのか。


​ 誰に強いられている?


 逃げたい、でも、逃げられない。




 他人、ああ、他者との交流だって煩わしい。



 仕事上の付き合いで、致し方なく?

 交わす言葉は、必要最低限だ。

 馴れ合い? 触れ合い?


「関係値」など、築きたくもない。

 築く意味が、分からない。



 それがいつまでも続く保証など、ないだろう?
 


 人間関係など、些細なことで簡単に壊れてしまう。
 だったら、初めから、誰にも関わらなければ良い。



 他人が何を考えてるのかなど、
 本人以外知る由もないんだから。




 一人が良いんだ。

 怖い。

 誰かと交わるなんて、
 恐怖以外の何物でもない。

 




「寂しいこと言うなよ、アイゼン?」

「……」
「もっと、素直になれ」
「……」
「ボクがいるじゃないか」
「……ああ、」

 



 いつも素直でいることの方が、
 結果的に人生上手くいくんじゃないですか。


 少なくとも、ボクは、そう思いますよ?