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Episode.1-2

【scene.02】

​シーン02:

郊外 - 某所

Characters

-登場人物-

アイゼン.jpg

No.1496

Eisen Angsting

グリリア.jpg

No.1483

Griglia Adagio

ハンス.jpg

No.967

Hans Uova

ドール.jpg

No.1124

Doll Giuratino



『貴方を守ること それが 私の生きる理由である』


——


 

 彼の細長い指が、
 私の首を優しく優しく包み込んでくる。


 自分の首元から、ぎりぎりみしみしと、
 聞き慣れない ”変な音” が鳴っている、気がする。

 

 

 何の音だろう?

 



「許さない」

 



 次の言葉が出ない、出せない、次の、つぎの、声が

 



「ゆるさない」

 



 くるしくて

 



「……ぁ、が……」
「ゆるさない」
「、ぐ……」
「ゆるさないゆるさない」


 

 

 いきができない


 



 ねえ、待って?
 私、貴方に殺されるの?

 どうして……?




 

 爪が、皮膚の内側に食い込んでくる。



 ぎりぎり

 ぶちぶち



「うェ……」



 いたい


「……ガ、……」

 



 たすけて
 たすけて

 


 …………

 


『”いっかい”、しんでみよっか?』


『だいじょうぶ、すぐ、もとに』




******



 

 10:00—




 がしっと勢いよく、
 グリリアはアイゼンの両肩を正面から掴んだ。



「聞け!」
「、っ………はーー……」



 戻ってこい。



「1496番!」
「っ、あ……」


 早く戻ってこい!!


「アイゼン!!」
「……、」
「ボクの目を見ろ!!」
「……」


「”見なさい”!!」


「……あ」



 ……?


 ……



「?」



 …………戻ったか?



 、……ええ?



「……っあぁ、もう!」

 目の焦点が合ったのを確認すると、グリリアはそのまま、アイゼンを両手で強く突き飛ばした。

「っ」
「”うるせぇ” んだよ、馬鹿野郎が……!」

 心の動き、目に見えて分かる動揺。
 がたがた震えて、煩くて仕方がないね!



『今、貴方には、一体何が聞こえていたの?』


 ……、



 アイゼンは首元を押さえながら、
 急いで息を整えようと肩を上下させた。


「……、」
「……」
「うぇ、……」
「……あの、キミさ〜」

 ”du”ではなく、敢えて”Sie”と呼びかける。

「え、」
「どこから来たのかな〜?」
「、……」
「ここへは、どうして来たのかな〜?」
「ぁ…」


 芝居じみた台詞。
 気持ちの悪い煽り方。

 

 アイゼンの目からは何故か、大量の涙がぼろぼろと。


「どうして〜泣いて〜いるのかな〜?」
「何でも、ございません……」
「……はぁぁ」

 グリリアは、アイゼンの頭を指でこつんと突いた。


「っあ、」
「まだ何も始まってねぇだろ?」
「はい、そうです、はい……」
「めんどくさ…」
「あ、すみません……」



 両手で顔を覆い、下を向く。

 ”こんな姿” を他人に晒して、
 なんと、情けないことか……


 ……今に始まった事でもないけどさぁ




 チッと、軽い舌打ちが聞こえた。
 


「いいか、1496番」
「、はい」
「”済んだことをいつまでも悔やむな”」
「……」
「過去は変えられないんだ、”前を向きなさい”」
「はい……」
「”いつもの冷静さを思い出せ”」
「はい、分かりました…」
「……ハァ〜…」


 グリリアの口から、長めの溜息が漏れる。


「お前は1124番が一緒だと、いつもこうだな」


 1124番というのは、ドールの隊員番号だ。


「…」
「むしろ、徐々に酷くなってるよ?」
「そう、ですか」


 アイゼンは大きく、視線を落とす。
 


 先輩方と一緒に出動するのは、
 特別今回が初めてという訳ではない。

 ぼんやりと何かを考えてしまうのも、
 初めてではないね?


 考えても、無駄な……事を……な…

 


「おい!」


 先程より強い力で、
 グリリアはアイゼンをガッと殴った。


「っ痛」
「しっかりしてくれ!」
「は、はい……」
「こっちまで調子狂う、マジで」
「……ごめん」

「……」
「、ああ、ごめん、なさい……」


 アイゼンのその様子に飽き飽きしたのか、
 グリリアは口の動きだけで

 「(Der) Feigling」

 と罵った。



「全くよぉ……」
「……グリリア、さん、ごめん」


「謝ってる暇があんなら、あっち見てろよバーカ!」



 もう作戦は始まってるんだぞ?

 ”本当に”、死にたいのか!



 双眼鏡を片手に、グリリアは ”あっち” を指差す。
 慌てて、アイゼンもそちらへ「耳を澄ました」。



「やることやってりゃ良いんだよ」
「……ん、はい」
「余計なこと考えんな、アイゼン」


 誰がいる?


 どんな奴?


 何人、……いる?



「あぁ……」


 まだ少し「音」が遠い。


 【今にも泣き出しそうで上手く歌えていない】

 ???


 音が震えている。
 五線譜に音符が綺麗に乗っていない。

 その様子が、微かに届いてくるような距離感。



 これは犯人のメロディ?
 それとも、人質でもいるのか?


 どうして、”泣き出しそう”、なのか……


「ぁ、1483番……」
「なに?」
「頭が……」


 ぐるぐる


「はァ?」
「……、」
「……チッ、ちょっと休んどけ」
「はい……」




 程なくして、ピーッ、という機械音が鳴る。
 司令室からの通信、のようだ。

 グリリアはぱちっと、応答ボタンに触れた。


『こちらA班967』



 先に向こうの声。
 この声は、ハンスだね。



「はーい、こちらB班1483ですどうぞー」



 おや、妙に気の抜けた返事だ。
 相手が「気を許している先輩」、だから?



『様子はどうだ?』
「今のところ特に変化ありませんどうぞー」
『オーケー、引き続き警戒態勢は解かないように』
「はーい」
『……、1483』
「はい?」
「作戦中だ」



 切換えろ。



「ヤーヤー、967さん、分かってますよ?」
『……』

 


 ふざけた後輩の態度に、
 ハンスは思わず呆れを含んだ溜息を漏らす。



 隊員同士の会話内容は、作戦参加中のメンバー全員に筒抜け状態。
 もちろん本部にも全て共有され、任務完了後も永久に保存される。



 基本的に、個別連絡は許されていない。


 ”こどもの暴走や独断行動を防ぐため”
 ”作戦途中に逃げ出さないように”
 ”裏切られでもしたら、たまったものではない”


 だ、そう。
 


 今の緩い会話だって、丸聞こえだ。


『……あと、』
「なに?」
『二人とも、作戦中の私語は慎みなさい』


 ハンスは語気を強めた。


「私語……、何のこと?」
『返事は?』
「……?」
『返事をしなさい、1483』
「……分かった分かった」
『敬語』


「……っ分かりましたぁ!!」



 通信が切れたのを確認すると、
 グリリアは小さな声で「うるせぇ」と悪態をついた。


 実はそれすら相手に聞こえていることを、この時の彼はまだ、きちんと把握できていなかったようだ。



 作戦中のこどもたちの会話は、通信切断中でも”上の人間にだけ”、聞き取れるような仕組みが敷かれている。


 一番可能性が高いのは、
 左胸へ着用が義務付けられている【勲章】。



 実際、この勲章と、通信機【リーク】を忘れると、
 兵長から酷く注意を受けてしまう。


 何故忘れるといけないのか?
 恐らく、”そういうこと”、だろう。



 よっぽど監視を徹底しないと気が済まないらしい。
 下の人間は信用するに値しない、ということか?



 いや、割とどこの組織もそうではなかろうか。

 【下の人間は、信用するに値しない】

 ……



 とにかく「会話内容」については、
 作戦中全て筒抜け、ということだ。



(……え、聞かれてる?…)



 むしろこれまでは疑問に思わなかったのか。


 ”疑問に感じる瞬間が無かった”

 と言った方が正しいかもしれない。


(……ああ、じゃあ、こうすると?)


 グリリアは素早くリングに文字を打ち込んで、
 その画面をアイゼンに見せつけた。



 【”また”、誰かのせいでボクが怒られました】



 いつもの意地の悪そうな顔。



 どこかで聞かれているのであれば、
 発声しなければいいだけの話だ。

 筆談あるいは携帯端末の画面上で
 やり取りをすればいい。

 馬鹿でも分かる、簡単な抜け道だ。


 そこまで回り諄い方法でやり取りしなければならないほど、内密な会話をする事もないだろうが……

 ”勝手に聞かれている” のは、
 あまりいい気はしないね?




【また誰かのせいで】


 アイゼンはその文字列を見るなり、
 分かりやすく肩を落とした。



「……」
 


 ……いや、落ち込んでいる場合では無い。
 いい加減にしろ、もう作戦は始まっている。


 切り替え、そうだ、切り替えが大事。

 ここは現実、前を向くしかない。


 いつまで「あの時のこと」を引きずっているのか。
 全く馬鹿野郎だ、俺は……



 

 ぐいっと涙を拭い、両頬を自分でパシッと叩く。

 アイゼンはやっと、
 いつもの「何も無い表情」に落ち着いた。

 今やるべき事は何だ?
 それ以外の感情は捨てろ。


「そうそう、それ」


 過去に捕らわれるな。

 とにかく、”今” だけを生きろ。
 現在は、過去の結果だ。


 済んだ事は、もう。





******



 

 こどもたちは普段、座学や訓練以外にも、
 このように現場へ出て「お仕事」をする場合がある。


 それは、訓練の一環として?

 いいえ。


 

 勉強もしながら、仕事にも取り組む。
 前にも説明した通りだ。


 ちゃんと、お給料だって発生しますよ。


『有難いですね!』

『沢山がんばらなきゃ!』



 さて、今回は一体、どのようなお仕事なのだろう?



 なに、大したことなどない。


 ・賊の拠点偵察
 ・拠点破壊


 この二点だ。


「大したことない、だって?」

「だったらやってみろよ?」


 組織の中では、犯罪者のことを

 【賊(ゾク)】

 と称するのが一般的とされている。


 これは個人を指すこともあれば、
 集団を指す場合もある。

「犯罪者/犯罪グループ」などとは呼ばない。

 恐らく、組織内の隠語のようなものだろう。


 つまり、今回の目的を端的に表現すると、

 


 【”わるいやつら” を、やっつけること】


 それこそ、「馬鹿でも分かる」。

 どんな人間が何人ほどで、
 そこで一体、どんなことが行われて……


 ……?



 このようなことを確認した上で、
 拠点そのものの機能を破壊すればよい。

 


 まあ、なんとシンプルで分かりやすい。

 簡単だね?



「簡単なものか」



 それに、今回の作戦は頼れる先輩も一緒。
 安心安全、何も心配することなどない。



「どうだか……」




 ところで、その肝心の先輩方の姿が見当たらない。

 少なくとも視界に入る位置に、存在が確認できない。



 答えは単純。

 967も1124も、”かなり後方” で待機をしているから。


「かなり後方?」
「曖昧」



 現場であれこれと行動を強いられるのは、
 若くて活きのいい下っ端共。

 上に行けば行くほど、位が高くなればなるほど、
 自らの足を使う機会はぐんと減ってくる。


 特にこの二人については、

 【特別扱いを受けているこども】


 である。


「特別扱い?」


 司令室から指示を出す、あるいは現場へ出たとしても
 後方から支援を行う一択しかない。


 賊と鉢合わせて、万が一、死なれては困る。

「あの時」のように。


 アイゼンがドールに「守る」と発言していたが、
 心配しなくとも、”もうその必要はない”。



 彼らは、【――作戦】で生き残った、貴重な人材。

 大事な大事なこどもたち、なのですから。



「急に何の話ですか……?」



 その内、嫌でも分かる時が来るのだろうか。




 

******

 


 

 12:00—




「暇だな~……」
「……」
「♪♪♪~」


 鼻歌は機嫌の良い証拠?
 いいえ、その本質は全くの正反対。


 いつもより、ベースの音圧が高過ぎる。
 加えて、重たくのしかかる歪な音符の羅列……


「表の音」と「裏の音」のギャップが苦しい。

 頭が痛い。

 

 そんな信号を脳へ長時間送られていると、
 ふらふら倒れてしまいそうになる。


(……、俺のせい?)


 また、余計な感情が頭を過ぎる。


 実際の楽器も、あまりに低音部の圧が高い場合
 近くで聞き続けると平衡機能に影響を及ぼすようだ。

 眩暈が起きる、といえば解りやすいかもしれない。


 中にはそれが心地良い人間もいるようだが、
 アイゼンは決してそうではなかった。


 

 少しだけ、気まずい空気。


 明らかに相手は苛ついている。


「俺 ”が”、原因か?」



 左のこめかみを押さえながら、アイゼンは何となく
 相手へストレートに質問を投げてみた。



「え、何だよ急に?」
「怒っているな、1483番?」
「……いいえ〜?」
「嘘だ」

 


 低音部に横から急に突き刺さる、汚い雑音。
 お得意の「変わった能力」で聞き取る微妙な変化。



 ……というより今は、
 表情や声色からでも察するに容易い。

 本当に、分かりやすい奴だ。

 


「嘘だって?」
「怒ってるだろ」
「ボクが? 何に?」
「俺が、……迷惑、だから?」
「は?」


 ”貴方の機嫌が悪いのは、きっと、俺のせい”


「バーカ」
「……」
「そういう『思い込み』が一番ウザい」
「思い込み…」
「お前、自分の影響力に自信でもあんのか?」
「え?」

「いつ、いかなる時でも、必ずお前がボクに
 何か影響を与えられんのか? って聞いてる」


 そんな言い方はないだろう?


「……、」
「どうなんだよ?」
「……いや、違うなら、いい」


 アイゼンは少しだけ、
 グリリアと物理的な距離をとった。


「…………あぁ〜、面倒臭ぇやつだな!」



 やれやれと言いながら、グリリアは双眼鏡を外すと、
 アイゼンの方へと体を向けた。



「安心しな、お前にゃ何も怒ってないって」
「そうですか……?」
「ええ、そうですよ??」


 むしろ、お前の ”そういうの” にはもう慣れています。
 迷惑どころか、これが「通常運転」だ。


「……では、何に怒ってる?」
「ええ? しつこいな〜?」


 ”怒り” の音が鳴っているのは、間違いがない。



「……、お前に言っても、どうせ分かんねぇよ」



 え?

 


「あ、やばい」
「?」
「私語は慎まないと、先輩に注意されますねえ?」


 わざとらしい。


「……」
「ね、アイゼンさん、集中集中〜!」


 ははは、と短く適当に笑うと、グリリアは双眼鏡を持ち直し、拠点方面へ向き直った。

 また、口元だけがぱくぱくと動いている。
 何と言っているのかは、判別できそうにない。


 【割と危険度が高いらしいお仕事】

 の、真っ最中。


 気を抜くな。
 いつ何が起こるか、分かったものではないのだから。


「……分かりました」


 一点集中。

 今、探らなければならないのは、拠点内の様子だ。
「音の変化」を聞き逃すんじゃない。


 そう、集中しろ。


 そうだ、何故、今自分がここにいるのかを考えよう。

 組織、いや、国の、……お役に立つ為、かな?


 わるいやつを、やっつけるため、です。


 今、探らなければならないのは、
 隣にいる相手の感情ではない。

 あれこれ考えたところで、
 結局分かるはずもないのだから。




******




 14:30—



「腹減ったな〜」
「……」

 先程からどれくらい時間が経っただろうか。

「今日帰ったら何食おっか?」
「……」
「……無視かよ」
「っえ?」
「独り言になっちまうだろ」
「独り言では?」
「質問だよバーカ、今日、何食う?」

「……一緒に?」
「うん」

 至極当然かのようなグリリアの返事に、
 アイゼンは明らかにきょとんとしている。

「一緒にか……」
「何だよ、嫌なのか?」
「嫌ではない」
「嬉しいクセによぉ」

 いつの間にやら怒りの重低音は落ち着き、
 普段の軽く跳ね回る音が耳に届く。

 状況に変化がないゆえ、少し興奮が冷めてきた様子。

 互いに心拍数は一定の間隔で刻まれている。
 呼吸も安定。


 気は抜くなよ?

 分かってるよ?


 このまま大きな変化もなく、
 無事にお仕事が終えられますように。


(一緒に何処かへ行くとするなら……)


 アイゼンは次の台詞を言いかけたが、
 それより先にやるべきことが見つかったようだ。


「……1483番、」
「ん、何?」
「やっと音が繋がった」
「はい?」
「もう少し、拠点に近付いていいか?」
「え?」



 次の返事を待つより先に、
 アイゼンは珍しく自ら行動を起こした。


 定位置とされていた高台から降り、
 あっという間に地面まで辿り着く。



 毎度こういう「現場へ駆り出されるタイプ」のお仕事では、1483が前衛、1496は後衛を位置取っている。


 つまり?

 グリリアがいつも前線へ飛び込んでいき、
 アイゼンは様子を見ながら慎重に後ろから援護。


 ……と、いう具合ですか?



 彼らそれぞれの特性を生かした位置取り。

 相変わらず真逆の性質で、
 ”上手く”、やっているそうだ。

 


「そうでもない」
「誰のせいだよ」
「……俺か?」
「ボクではないだろ〜?」



 よって、1496から先んじて行動に移るのは
 極めて稀なケースであった。


 珍しいね、どうしたの?



「勝手に動かれちゃ困るんだけどさ……」


 

 少し遅れて、グリリアもすたっと地上へ降りてきた。




「三人」


 アイゼンは小さく言葉を発する。

 三人、と、明確な数字を割り出せたのは、

 高音域
 中音域
 低音域

 が、綺麗にパート分けされていたからだ。



「兄弟……、いや、家族」



 父親、母親、それから、子。

 音に関連性を見出す。
 似通った音楽は、血の繋がりを示していた。



「ホント便利だよね、それ」


 グリリアは他所を向き、
 ”無表情で”、且つ適当に話している。


「……ありがとうございます?」
「バーカ、褒めてねぇよ」


 言いながら、ふぁっとあくびを一つ。
 興味があるんだか、無いんだか。

「……」
「さあさあ、一次報告」
「はい」
「早く ”大好きな先輩” に報告しなきゃね?」

 茶化すな。

「ボクは事実を言っただけだよ?」
「……」
「何?」
「……いえ、分かりました、今から報告します」



 二人はすぐそこにあった建物の隙間に入り、
 リークを繋いだ。

 何か気付いたことがあれば逐一口頭で報告。

 共有を怠るだけで罰が待っている。


「こちらB班1496、A班聞こえますか?」



 繋がっているはずだが、少しだけ間が空く。


「A班、応答願います」

 ……

 がりがりっと変な音が鳴り、
 やっと、向こうの声が聞こえてきた。




『はい、こちらA班1124』



「っ」



 一瞬、声が詰まる。



『1496ですね、どうしましたか?』
「……」
『1496?』
「…」


「馬鹿か、早く話せよっ」

 


 グリリアは腕を組みながら、アイゼンを煽る。
 ついでに、右の脇腹を足で軽く蹴飛ばした。


 乱暴な奴だなあ、全く。



「、……1124、」
『はい』
「一点だけ、報告、があります」
『はいどうぞ』


「拠点内部に、三名の所在を確認しました」



 キュイっと、何かが回転する音。


『三名、……』
「はい」
『それは、本当ですか?』
「本当です」

 俺は貴方に嘘などつきません。

『確証はありますか?』
「はい」
『本当ですか?』
「……はい」


『目で確認、しましたか?』


 この質問に、アイゼンは少し回答を躊躇った。

 ……

 あ!


「っしました! 確認しました!」


 すかさず横からグリリアが答える。


『1483?』
「ボクも見たので間違いありません!」


 この双眼鏡は遠くまでよく見えますね!

 うそつき。


『……そうですか、ちなみに、————』

 


 かちゃかちゃとキーボードを叩く音だけが残る。
 それからすぐに、一時的な無音。


「ん?」
『————』
「あれ? 切れた?」


 相手側がマイクをミュートしているようだ。

 ?



「……1124?」
『————』
「おーい」
『————』



 謎の空白時間。


 三、

 二、

 ……


 通信再開。


『はい、承知いたしました、1496、1483』


 何だ……?


『判明したのは、その一点だけですか?』
「はい」
「そうでーす!」
『ではその他新しいことが分かり次第、改めて報告を』
「承知いたしました」
「分かりましたーー!」


 それではお二人共、お気を付けて。




 ぱちんと通信が切れると同時に、グリリアはリングの画面をちらちらと見せてきた。



 【今の何?】



 分かりません。
 アイゼンは、首を横に振る。



「……もしかして、」
 

 と言いながら、グリリアは次の言葉を
 リングへすたすたと打ち込んだ。




​ 【Der Falle?】



 二人の目がぴたっと合った。


 【何のことだ?】
 【何のために?】


 アイゼンも同じように文字で質問を投げてみるが、

「さあね」

 グリリアはさっと目を逸らし、
 早々とリングを閉じてしまった。



 

――



 そもそも、一体ここは何処なのだろう。


 【某所】


 毎度、こどもたちには「エリア」くらいの情報しか与えられず、その他詳細は一切共有されない。
 派遣道中も彼ら自体がトラックの荷台で隠されてしまい、外を見ることができない。


 今、目の前はどんな景色が広がっていますか?


 ”似たような白い建物が沢山連なっている”
 ”建物の高さはバラバラ”
 ”舗装されていない剥き出しの地面”
 ”某国のように【電線】が通っている”


 ……住宅街?

 しかし、人の気配はない。


 極端な言い方をするなら、この場面には実質、1496と1483しか見当たらないようだ。


 幸いにも、アイゼンにとっては、実に「やりやすい」環境であるのは間違いがない。
 何故なら、拠点情報を知る為に邪魔になる「雑音」はグリリアしか存在しないのだから。


 なんだか、まるで、

「他の音が邪魔をしないように”用意された”」 

 かのような?



 という事は、やはりこれは単なる訓練、でしょうか?
 一体、何の訓練?




******



 15:30—



 

「で、この後どうするんですか、1496番?」


 二人はするすると建物の間を移動しながら
 確実に目的地へと距離を縮めていく。


 広い場所に姿を晒してしまわないよう、
 念のために、できるだけこそこそと。



「……俺に判断を委ねるのか?」
「はい、今は」


 今は?

「だって、まだボクには何も出来ないし」
「?」
「姿が見えてないから」

 つまり?

「ボクの出番は、実際にその三人が何者であるかを
 この目で確認してから」

 確認出来たら、
 その後の行動が明確になるじゃない?


 っていうかそもそも、

「分かんねぇのにあれそれ考えて、何になる?」


 論より、証拠?

 百聞は、一見にしかず?


「ある程度の予想立てや選択肢の用意は、
 無駄ではないと思うが?」
「ボクは自分の目で見たものしか信じないよ」
「……ああ、そうですか」

 


 考えるより先に、突っ走る方が向いている。


 頭脳派と、行動派?
 いや、慎重……の反対は、軽率?

 どちらが良いのか、悪いのか。


 

「まぁ、でも……」
「?」
「お前みたいに ”見なくても分かりゃ”、話は別」

 音の変化で何事も察知できるなんて。

 

「……」
「実際どれくらい正確なんだよ、それ?」
「さあ?」
「え、実は曖昧?」
「曖昧だから、もっと近付く必要がある」

 それでさっき、率先して動いたのか?
 仕事熱心で感心、だな。

「あっそう……」
「お前のつく嘘ならすぐ分かるが……」


「……っあ!」


 グリリアは突然「はっ」とした。


(そういうことか……!)


『だから私語は慎めと、言っているだろう?』
『こっちはとっくに知ってんだよ?』
『気付けよ、馬鹿野郎』


 ああ、完全に、迂闊だった……

 そうでなければ

 【わざわざ我々が名指しで選ばれて】
 【こんな場面】

 に呼ばれない。



 最近、ずっと感じていた ”違和感”……


 本部に呼ばれたり、上から直に命令が下りてきたり、
 それから、それから?


 グリリアの奏でる旋律の中に、
 昼間に感じた重低音が戻ってきた。

 口の端だけで笑っている顔が気になる。


「……どうした?」
「アイゼン、」
「はい」
「これからもっと、忙しくなりそうだな」

「え?」



 アイゼンは特別鈍感ではない。

 しかし、どうやら「自分のこと」については、
​ 考えが及ばないようである。








「!……っ待て」




 突然、アイゼンは右手でグリリアの動きを制した。
 急な制止に思わず「うわっ」と声が漏れる。



「なに!?」
「静かに、1483番……」
「分かってるよ! 何だ急に!」
「一つ……、減った」
「何が?」


 

 音が。



「?」
「あっ、」
「何??」
「また、一つ……」


 

 実に中途半端な箇所で演奏が終了していく。
 何の前触れもなく、プツッと。


 なんと、収まりの悪い譜面なんだろう。
 作曲者にクレームを入れなければ。


「違う……、違うちがう!」
「おい、どうした?」
「これは……」



 これを単に「嫌な感じ」と表現すべきか否か。


 演奏が ”本人の意思と関係なく”、強制終了している。
 第三者の手によって……、



「ああ、回り諄い! つまり何だよ!」
 







「ころされた」

 







 アイゼンは両手で頭を抱え、その場で蹲った。
 呼吸が勝手に浅くなる。

 


「ん……、ぅ…」
「殺された……?」
「こんなに……綺麗に途切れる、なんて、……」


 気味が悪いほどの、突然の静寂。


 本来生き物が亡くなる時は、
 徐々に徐々に、生命活動が鈍くなっていくもの。

 フェードアウト、そして、演奏終了。


 今回はそうではない。



 即死。



「……っう、!」

 右手で口を押さえる。


 高い位置から落下したか、……?
 いやそれでも多少意識は残るかもしれない。

 生き物ってのは、首を切り落としたとしても
 ほんの暫くだけ意識が残るというじゃないか。

 今回は、そうではない。


「、……」


 きっと、頭部に関わる損傷、であろう。

 後頭部を硬い場所へ強く打ちつけた、とか、
 至近距離から脳幹を撃ち抜かれた……とか……



「あ……」


 最期に鳴った「物理的な音」は、どんな音か?



「『待って……殺さないで……!』」


 頭が、ぱかっと




「おい!」
「うぁ……、ぁ…」
「想像すんな、馬鹿野郎!」



 グリリアは、アイゼンの左肩をパンっと強めに叩く。
 それから、腕をぐいっと掴んだ。


「立てって、ほら!」


 現場の空気が、一気に引き締まる。


 うーんと、自分より体の大きい相手の腕を引き、
 何とか無理矢理立ち上がらせる。


 まずは落ち着こう。

 深呼吸を、二回。



 ……、


 手を握って、ぐいぐいと前進。

 どちらが、という訳でもなく、
 手にはじんわりと汗がにじむ。



「行こ」



 その呼びかけに、アイゼンの返事はない。
 


「今度はボクが先行、お前は後ろだ」
 


 想像力が豊かだと、
 こういうとき大変そうだな?

 まぁ、知ったこっちゃねぇよ。







「こちらB班1483、A班応答願いますどうぞー」


 アイゼンの耳にも、通話内容が聞こえる。
 会話には、参加できそうに無い。

 重たい、足取り。

 ”行きたくない”


『はい、こちらA班1124』
「状況に変化がありました」
『はい』
「1496より、拠点内三名、内二名が死亡したとの報告」
『はい』


 ぱちぱちと、軽くキーボードを叩く音。


「あぁ、今度はすらすら応答するんだね」
『?』
「へぇ」
『何ですか、1483?』
「いいえ、何でもありませんどうぞー」

 少し、間が空く。

『他に変わった様子は』
「特にありませーん」

 被せるように答える。

『……承知いたしました、ではまた何か』
「これから突入しまーす」
『……はい?』


 ドールの声が、少し上ずる。
 計算上にない返事、だったのだろうか。


「以上です、どうぞー」
『突入理由を述べなさい、1483』
「迅速な犯人確保のためですが?」
『犯人確保……?』
「あと、これ以上死人を増やさないため」
『……』
「他に、何か ”特別な理由” があると思う?」


 ぴこぴこ

 犯人はすぐ近くで犯行に及んだ可能性

 拠点内

 いや違う

 まだ近くにいるかもしれない

 三人の内二人が死んで一人が無事

 無事なら助けにいかねば

 殺されるから

 そうなんですか?

 そうでしたっけ?

 あああaaa


『……、はい、確かに貴方の言う通りで、す』
「ね?」
『はい、では、許可します』
「また進展があったら連絡しますどうぞー」
『はい、お願いいたします』


『待て1483』


 近くにいたのか会話を聞いていたのか、
 横からハンスの割り込みがあったようだ。


「何ですか?」
『殺人が起きたと……、本当に断定できるのか?』
「はい、1496がそう言っています」
『……何故分かる?』
「さぁ、どうしてかな?」
『今は1496に質問している、答えろ』

 アイゼンはその会話を聞きながら、
 目をきょろきょろとさせている。

「1496は今会話できる状態にありませんが~」
『関係ない、答えろ』
「無理なので切電しますね〜」
『……本当なら、本部に出動を要請する、が?』
「は?」
『応援はいらないのか、と聞いている』


 通常、こういう現場でこどもたちが行うのは、
 所謂【初動捜査】や【偵察】までだ。

 そこでリアルタイムに殺人が起きたともなれば、彼らに任せきりにするのはいささか無茶ではなかろうか。

 だって、訓練生、ですよ?
 賊と接触する可能性があるなら、尚更だ。


 そう考えるのが、一般的。



「1496番、」


 先輩の提案を無視するのか。
 グリリアは突然、アイゼンへ話しかけた。


「は、はい……」
「967番は嘘をついていませんか?」


 え?


「嘘をついているかどうか分かるんだよ、な?」
「……」
「リーク越しでも” 聞 き 取 れ ま す よ ね ”?」


 【聞き取る】という部分をわざと強調する。

 ……何と答えるのが正解なんだ?
 アイゼンの顔は、すっかり青ざめていた。


「ボクより分かりやすい顔すんなって」
「え……」
「『ハンスは嘘をついてる』、だろ?」


 リークに触れるグリリアの右手に、ぐっと力が入る。

 同時に、ドンっという物理的な音が
 司令室側から聞こえてきた。

 乱暴に机でも叩きましたかね?


『ふざけるな1483、何が嘘だ?』
「全部」
『全部?』
「……おかしなこと言ってる自覚、ねぇのか?」


 本部へ出動要請?

 そんなものを提案するくらいなら
 何故、まずは最初から二班以上派遣しないのですか?

 それができないのに、本部の人間を動かすなど、もっと無理だろう。

 いいや、この場合「できない」ではなく「敢えてしなかった」の方が正しいですか。


『口の聞き方に気を付けろ、1483』
「部下が踊らされてるのを見て、面白いかよ?」
『さっきから何を言ってる?』
「……」
『……グリリア?』


 何かがぷちんと、弾けた音がした。


「ああ! 諄い! うるさい!!」


 リークを伝って聞こえてくる声が、
 ビリビリと割れる。


 咄嗟に、アイゼンは両耳を押さえて
「表の音」を遮断した。


「次はボクらが再起不能になったときにでも
 連絡してくるんだなァ!」


 どうせそこで会話を盗み聞きしながら
 これまでもずっと、腹抱えて笑ってたんだろ?

 クソったれが……!



 バチっと、一方的に通信を切断。


 昨日の仲良しこよしは何処へやら。
 これが彼らの「切り替え」なのだろうか。


 何となく、いや、確実に、後々然るべき罰が下りそうなやり取りだ。

 1483、また始末書か?
 今回は上級生に対する ”侮辱罪” に問われたりして。

 きっと、兵長に殴られる程度では済まない。
 連帯責任の名の下、1496も処分されそうだね。



 この状況から「無事に帰還したら」、の話だが。



 リークを取り外そうとするその動きに気付き、
 すかさず、アイゼンはグリリアの右手をとった。

「待て、待てグリリア!」
「はーーっ……あの野郎ォ……!」

 彼は何度かリークを壊しているそう。
 危うく、また地面に叩きつけるところだったな。

「感情的になるなと何度言えば…」
「……」
「聞いてるのか!」

 掴んだ手にぐっと力が入る。

 ふと、目が合った。
 
「ふふ……」
「?」
「……てめぇこそ感情的になってんじゃねえか」
「あ?」
「良い顔してんな、アイゼン?」


 連続的な、16分音符の打鍵。
 心拍数が上がってきた。 


 暫くその状態で硬直していたが、ぱっと、グリリアは右手を強く振り解いた。


「……まだ、生きてんのか?」
「え?」
「残り一人は、まだ生きてるかって!」


 アイゼンは慌てて意識を拠点方面へ向け直した。

 さあて、何が聞こえる?


「……大丈夫、まだ、生きてる」
「そいつが犯人か?」
「分からない」
「じゃあやっぱり、被害者?」
「分からない、って……」
「……使えるんだか、使えないんだかなァ!」
「……」


 大きな声で、大袈裟に台詞を吐く。

 聞こえてるんだろう? 全部全部。




 

 拠点内で何が行われていたのか。
 その点については先ほど判明した。


 単純明解。


 殺人だ。



「発砲許可は?」
「出てない」
「無視するか!」
「駄目だろ……」
「知るか、こっちまで殺されたらどうする?」


 

 後は……そうだ、拠点機能の破壊だ。

 爆弾でも仕掛けるのか?
 そんなものは用意されていないよ?

 何か道具でも見つけて、端の方から崩していくか?

 ははは、馬鹿馬鹿しい。





 それより何より

 もう一人の命が危ない

 ”かもしれない”




 1483は突然、その場から勢いよく駆け出した。


 この判断は軽率?


 驚いている場合ではない。
 怖いと言って足を竦ませている場合ではない。

 そうだ、一人の命が掛かっている。

 ……かもしれない?


 1496も、すぐさま同じように地面を蹴った。



 【”本当に”、死にたいのか】


 

 今、そっくりそのまま、彼に言い返してやりたい。
 そんなことを、1496は考えていた。



 こんな、まだまだ未熟なこどもたちに、
 おとなたちは一体何をさせるんだ。

 一体、何を期待している?

 現在進行形で人間が殺されている ”かもしれない”。
 そんな場所へ、今から?


 こんな下っ端の、”使えない二人”、で?




 いいや、”使える” からこそ……?



 先程までの隠密行動は何だったのか。
 二人は明るく開けた ”よく目立つ” 場所を走り抜ける。


 直線距離で行けば、拠点まであと数分も掛からない。


 背に付けたマントが、風圧でひらひらとはためく。


 ああ、よく見えるよく見える。


 

 人間が、続けて二人も殺されているらしい。

 現場は血みどろ、かもしれないね?
 ああ、怖いったらありゃしない。



 危険度【B】

 

 それはつまり、命を落とす可能性の高さ。
 確か、教科書にそう書いてあったと記憶している。

 今回は

 【賊と直接接触する可能性が高いから】

 でしょうか。


「怖いか?」
「勿論、怖いよ?」


 でも、分かってて、ここにいるんでしょう?

 逃げ出さずに、えらい、えらいね。

 だって、自分で選んだ道だもんね?


 ……





 

『ピーーッ』

 




 リークの呼び出し音が鳴る。

 鳴っている、気がする。


 二人ともそれに応じようとしない。


 黙って、走り続ける。


 また、私語を注意されるのかな?
 勝手に通信を切ったから?
 もしかして、新しい指示でも飛んでくる?



 やることやってりゃ良いんだろ?

 だったらこの判断は、きっと、軽率ではないね?




******




 14:20



 

「どう思う、1124番……?」

 

 ハンスは口元を右手で軽く押さえ、
 考え込むような様子で目の前の相手へ話し掛ける。



「何について ”どう思う”、のでしょう?」



 ドールの視線はパソコンの画面へ向いたまま。
 カタカタと、頻りに文字を打ち込んでいる。


「ん、何してる?」
「それは、先程とは違う質問ですか?」
「そうだ、……何だそれは?」

 後ろから、画面を覗き込む。

 

 計算式?


「確率を計算しています」
「……あぁ〜」
「彼は必要ないと言いそうですが、念のため」

 ”彼”?

「……」

 司令室に、キーボードを叩く音だけが無機質に響く。


(……、やっぱり実行するのか?)


 ハンスはこっそりと、ドールの耳元でこう囁いた。

 すると、急にシャリシャリと、その【人工知能】から機械処理特有の音が鳴り始める。


「ええ、え、ええ」


 ぴこぴこ

 命令は絶対

 実行する以外に何がありますか

 選択肢A

 選択肢A

 選択肢A

 他に見当たりません



「ははははは」
「……うん?」
「『967番、貴様、面白いことを言うんだなァ』」

 別人の声が聞こえる。
 少し高めで、耳障り。

「……」
「はははHAHAHA」


(見てらんねぇよ……)


 両手で頭を抱えて、ハンスは机に突っ伏した。


 機械の処理音が、ぴたっと止まる。


「体調不良ですか、967番?」
「いや……」
「いや?」
「……」
「ところで、最初の質問は何でしたか」
「え?」
「『どう思う、1124番?』」
「……もういい、何でもねぇから」
「何でもねぇ、とは?」


 いちいち確認されると、いい加減イライラしてくる。
 仕方のないことではあるが。


「ドール、」
「はい」
「……オレ、ちょっと休憩するわ」
「はい、分かりました」
「悪ぃな」
「20分でお戻りください、967番」

 そう言いながら、ドールは胸元から懐中時計を取り出し、自分の視界に入る位置へそっと置き直した。

 ”20分”

 アラームくらいどうとでも設定できるであろうが、
 時間の確認には何故か、毎度この時計を用いていた。

 青色を基調としたデザイン。
 レトロな作りがとても可愛らしい。

「いつも持ち歩いてるんだな、それ」
「はい」

 ハンスはそれを、じっと見つめる。
 少し、ヒビが入っているようだ。


 ……プレゼントねぇ?


「967番、」
「ん?」
「あと19分ですよ」
「ああ、はいはい……」

 

 がしゃんと、ぶっきらぼうにリークを投げて、
 ハンスはふらふらと、奥の仮眠室へと消えて行った。



 ひたすら黙って「見張り続ける」ってのは、
 流石に神経がすり減っちまうよ。



 


 程なくして、通信が入る。


 ああ 1496番 ですか
 拠点に そう 三名 ですね

 合っていますよ

 そう そうですか

 やはり貴方は 素晴らしい ですね


【待ちなさい1124番】

 はい

【疑うような質問は厳禁です】

 わかっています

【今回ではっきりさせましょうね】

 はい わかっています



【大切でしょう? 1496番の事が】




 以下の通信は、アイゼンにもグリリアにも共有されることはない。




「C班、応答願います」
『……あい、C班973』


 応答した男の声は、非常に気怠そうな様子。
 隊員番号は「973番」、らしい?


「今から一時間後です」
『ん~』
「確率を計算しました」
『いらない』

 やっぱり。

『ねぇ、』
「はい」
『どっちの子?』
「写真を送りましょうか?」
『あ、もう持ってた』

 

 973は、リングに送られていた写真を見直した。


【1483番】と【1496番】。


 目を細めながら、写真をじっと見つめる。
 あまり、目が良くないのか。



『ヤー、”この子” か』



 切電。

 973は咥えていた煙草をぺぺっと吐き捨て
 右足で適当に消し潰した。


 後で回収をお忘れなく。



 カチャカチャと小さな音を立てながら、
 彼は持参していた「銃器」を手際良く組み立てる。

 長い付き合い、もう慣れたものだ。



「ん~」

 拠点方面を双眼鏡で確認すると、
 やれやれ、よく見える「的」が二つ。

 それで隠れているつもりかな?
 まだまだだね。


 そして、その少し先に、窓からちらりと覗く
 【動かない的】が、三つ。

 

 この場所からだと、双眼鏡でも辛うじて中が見える。

「んん~」

 キリキリとネジを回して、高さを調整。
 これくらいかな?

「最初は、左!」




 彼は一体、何を確認しているのだろうか。



「それではお二人共、お気を付けて」


 

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